■□■ 暗示よりも役に立つもの ■□■
「間接催眠」という言葉だけを聞くと、「間接的に暗示を使う催眠のことだ」と思う人が多いのではないでしょうか。
◆暗示よりも役に立つ、間接的なうながし
私が教えている間接催眠のクラスでは『間接的な暗示』も教えていますが、それよりも現場で役に立つものは『間接的な、うながし方』です。
例えば、
「リラックスしてください」
と直接的に指示されるのではなく、
「もしリラックスしたら、どんな感じがするでしょうか?」
と質問されたら、あなたは「どんな感じ」がするでしょうか?
後者の場合、“リラックスしていたときの感覚”を探しに、無意識のなかにしまってある、過去の体験へと意識は向かいます。
そして無意識のなかの、“リラックスしていたときの感覚”に近づいていくにつれて、リラックスした状態が、自然に体と心に拡がってきます。
自然に、というのは、「リラックスしよう」と意識的に努力をしないで、無意識のうちにそうなる、ということです。
「○○してください」という直接的な指示は、クライアントに意識的な努力を強います。
クライアントに意識的なことをさせない『間接的な、うながし方』をすることで無意識のうちに○○になってもらう方が、楽なのです。
楽なだけでなく、クライアントは知らないうちに無意識の世界に入っていきます。
無意識の世界に入るというのは、催眠状態に入るということです。
つまり、この時点ですでに軽い催眠状態に入っているのです。
逆に言うと、私がセラピーで催眠を使うのは、クライアントに暗示をかけるためではなく、無意識の世界に入ってもらうためです。
そして無意識のなかにある気持ちに触れ合ってもらいます。
その目的については後で触れます。
◆暗示が効果的な場合
意識の気持ちと、無意識にある気持ちとの対立が少ない場合では、暗示を使うことで問題が解決していきます。
例えば、頭では「整理整頓したい」と思っているのに、そのように心が反応せず、なぜか散らかしてしまう場合などです。
このようなケースで、通常は無意識の中に、整理整頓に反対する気持ち、例えば「散らかさなければならない」というような気持ちはありません。
それよりも、いつどのように片づけるのか、という手順と方法が、無意識のなかで忘れられていたり、整理されてなかったりしています。
ですから、「使い終わったら元に戻す」というような内容を直接的であれ間接的であれ、暗示によって働きかけることで、使い終わったあとに、次に何をするのかが自然と心に浮かんでくるようになります。
◆心の問題は、意識と無意識の対立から起きる
ところが、意識と無意識の対立が少ないクライアントは私のセラピールームには現れてくれません。
ですから、私は実際のセラピーでは暗示をほとんど使いません。
暗示よりも、クライアントが無意識のなかにある気持ちと触れ合ってもらえるような配慮をしています。
催眠で無意識の世界に入ってもらうのはそのためです。
心の問題のほとんどは、意識と無意識の葛藤状態から起きています。
意識がやりたいことと、無意識がやりたいことが食い違っているので、自分の心なのに、自分の思うようにならない状態です。
多くのクライアントは無意識のなかにある、「意識と対立した気持ち」に気づいていません。
また、気づいていても、無意識の気持ちを何とかコントロールしようと努力しています。
気を抜くとひっくり返されてしまうので、絶えず努力し続けています。
これは、ずっと緊張して何かと戦っている状態と同じなので、ある程度続けていると、精神的に疲れ切ってしまいます。
置かれている環境の違いこそあれ、私のセラピールームを訪れるほとんど全員に共通している、「つらい、しんどい感じ」は、実はここから来ています。
◆暗示では傷ついた心を癒せない
結婚したいのにできない、という悩みでセラピールームを訪れる人が時々います。
話を聞いてみると、みな口を揃えて、「年も年だし、とにかく少しでも早く結婚に近づくことをしようとすると、なぜか急に億劫になって、結局やらなくなってしまうのです」と言います。
「~したいのに、なぜかできない」というのは、無意識が意識とは別のことをしたがっていて、しかも意識との対立が大きい場合が多いのです。
子供の頃から、仲の悪い両親の結婚生活を見ていて、結婚すると不幸になると心の底で思い込んでいるとか、異性との関係でトラウマになるような体験があると、結婚に対する恐れが出てきます。
それがあまりにもつらい出来事の場合には、思い出すこともできないように強く抑圧されているので、本人は、自分が結婚を恐れていることに気づくことができません。
このような場合には、たとえ結婚が楽しくなるような暗示を使っても、結婚を恐れる気持ちはなくなりません。
暗示では、傷ついた心を癒せないからです。
◆暗示を使われると無意識はどう思うか
ではここで、あなたが、現実に対立している(いた)誰かのことを思い出してください。
その人を仮にAさんと呼びます。
あるとき私がAさんから、
「○○さん(あなた)がわがままばかり言って、全然私の思うようにならないので、本当に困っている」
と相談されたとしましょう。
そこで私があなたに会って、
「わがままもいい加減にして、少しはAさんの言うことを聞きなさい」
と言ったとします。
あなたはどんな気持ちになりますか?
これが「暗示」です。
暗示とは、セラピストが無意識のなかの特定の「気持ち」に向かって「私の言うことを聞きなさい」と言い聞かせるようなものなのです。
意識の気持ちと、無意識の気持ちが、複雑に絡み合って互いに反発している状態では、いくら暗示を使っても、もともとの双方の食い違いは調整できません。
◆意識と無意識の仲立ちをする
暗示では効果が期待できないような場合(そういうケースの方が圧倒的に多いのですが)、有効な手段の一つが、間接催眠です。
限られた時間内に、効果的に無意識の世界と触れ合ってもらうために、まずクライアントを催眠状態に導いていきます。
そしてクライアントが抵抗を感じないように細心の注意を払いながら、さまざまな『間接的な手法』を用いて、意識と無意識が自然に出会えるように語りかけ、うながしていきます。
すると、双方の気持ちが触れ合っていき、何らかのやり取りが行われて、傷ついている気持ちが癒され互いに折り合いがついて、気が済んでいく…ということが起きてきます。
セラピストは、心のコーディネーターと言ってもいいかも知れません。
クライアントのなかにある、相反する意識の気持ちと無意識の気持ちが、少しでも近づくことができるように、今よりももっと仲良くなれるように、双方の気持ちに最大限配慮をしながら、その出会いに立ち会い、きずなを深めていくお手伝いをするのです。
※H・E・A・R・T通信 vol.275より転載