2009年9月
「悲しみの中でわかり合える」
子供は、かくれんぼが大好きです。娘も家の中で突然、「パパ、目つぶって、十数えて」と言って、勝手に隠れてしまいます。こちらもしばらくは別の場所を探しますが、あまり長く気づかない振りをしていると、娘がクスクス笑い出します。そして、「見~つけた!」というと、大喜びします。ドキドキしながら一生懸命隠れているのを、苦労して探し出してもらえると、「あ、見つけに来てくれた」とすごく嬉しいのでしょう。
■怒りの下にある感情
A子さん(34歳)は、最近職場でとても疲れるようになったとのことで、セッションルームを訪れました。
「会社にいると、ただただ疲れるんです。自分は仕事が出来る方でもないので、申し訳ないような、惨めな気持ちになります。ここにいるのが私じゃない方がいいのではないかと考えるのです。そう思うと、胸の真ん中と、その裏側の背中の辺りが苦しくなって、心底疲れてしまいます」
同じような気持ちを前に感じたことがあるか聞いてみると、子供の頃、A子さんは家族の中でいつも、自分がいない方がいいのではないかと感じていたそうです。
「会社は業績が悪くなってきて、社長もピリピリしているし、中堅の社員同士も責任のなすり合いばかりしています。先日、たまたま出しっぱなしになっていた辞書があったのですが、部長が『ちゃんとしまえって、言ってんだろ』と怒鳴って、辞書を壁に叩きつけました。なんでそんな些細なことでこんなふうになるんだろうと、私はオロオロしてしまいました」
「小さい頃に心が傷つく体験をすると、その後の人生で同じようなことが何度も起きてくると言われています。あなたの小さい頃、その部長と同じように、些細なことで怒鳴る人は身近にいませんでしたか?」と私が問うと、彼女は「父が、些細なことで怒鳴り散らして、手当たり次第、物を投げていました。今、会社で同じように振る舞う人を見ると、自分にはどうしようもないと、惨めで、居たたまれない、悲しい気持ちになるんです。そしてどんどん暗くなって、疲れ切ってしまうんです」と言いました。
怒りは一見、破壊的でとても強い感情に見えますが、実は単なる「防衛」に過ぎません。怒りを使うことで見えなくしている、その下にある感情こそが、本人が感じることをもっとも怖れている感情なのです。
■問題の背後には怖れがあり、怖れは愛を見失っている状態
「無力で、惨めで、居たたまれない感じ。これは今あなたがいる会社の中で、怒りの下に蔓延している感情ではないですか。あなたはこれを感じているようですね」
A子さんの会社の社長や部長は、表面上は誰かのミスをなじったり、怒りをまき散らすことで、メンツを保っていますが、本当は、経営者やリーダーとして自分はダメだという、全身の力がガクンと抜けてしまうような大きな無力感を抱えています。そして、それを絶対に感じたくないのです。その無力感にどっぷりはまってしまったら最後、もう自分は生きていけない、二度と立ち上がれなくなってしまうという怖れがあるのです。争いも、経済恐慌も、人間の作り出す問題の背後には、必ず怖れがあります。怖れとは、愛を見失っている状態です。そして、愛を求めている状態です。
会社でも家族でもそうですが、何か問題が起きてくると、すぐに悪者探しが始まります。「悪いのは○○だ」と怒ることで、自分は悪くないと思えるからです。本当は、問題を目の前にして、無力で、惨めで、居たたまれない自分がいるのです。しかし、こんな気持ちに直面するよりは、誰かに対して怒っている方がラクなのです。
「これは、あなたが幼い頃に感じていたのと同じ気持ちではありませんか?」と私が言うと、A子さんは、「小さい頃、あれほど感じていたのに、途中からごまかして置き去りにしていたんだなぁ。ごまかさなきゃ、私は生きて来られなかった…」と涙を流し始めました。
心の力が育ってないうちは、ネガティブな感情を感じないようにすることで心を守ろうとします。しかし今の彼女は、今まで封印してきた感情と、向き合うことが出来るまでに心が育ってきたのです。
■悲しみは愛に最も近い場所
A子さんは催眠状態に入り、遠い昔、些細なことで怒鳴っていた父親が、本当は怒りの下で何を感じていたのか、ゆっくりと感じていきました。
「底冷えのするような不安と絶望が、体に滲みこんでくるような感じです。自分には何もできない。本当にダメな奴だ。悪いのは自分だ。必死に隠しているけど、これがばれたら絶対に見捨てられてしまう。すごく怖い。自分を隠しているから、何をしていても孤独です。親だから子供を愛したい気持ちはあったでしょう。でもこの感情の方が大きかったから、ほんのちょっとしか愛せなかったと思います」
「青黒い沼に降りていくような感じです。低い湿地帯にある、ヌメヌメした泥の沼の中に入っていく感じです。周りは霧でよく見えません。怖いです。こんな冷たくてどろどろしたところにいたんだと思っていると、子供の姿の父を見つけました。大人の父も傍らにいて、茫然としています。私も急に小さい子供になってそこにいます。彼らの辛い気持ちが胸に迫ってきます。こんな気持ちを抱えながら生きているのは悲しいです。痛いほどの悲しみって本当にあるんですね。胸の肉がちぎれてしまったように痛いです」
そこで、今感じている気持ちを、A子さんの方から、父親に向かって話しかけてもらいました。
「お父さん、ここ冷たいね…。ここ悲しいね…。この世で生きていくのは悲しいね。私も世の中で生きてきて、たくさん悲しかった。見失ってしまった。見失ってなんのために生きているのかわからなくなってしまった。問題ばかり目について、不安と怖ればかりだった。でもこうして、沼の中でお父さんに出会えたね。お父さん、長いことここにいたね。ここに1人だったんだね。こんなところにいたんだね。悲しいね…」
こうして父親と、そのインナーチャイルドに向かって話しかけていくうちに、A子さんの心に変化が現れ始めました
「こんなところによくいたなぁ…。ずいぶん長い間いたんだなぁ。苦しかっただろうな…。お父さんのことを大切にしてあげたい。こんなところにいて辛いだろう、かわいそうだなぁと思います」
私はA子さんに、語りかけました。
「あなたもお父さんも、ずっと怖れの中に囚われていましたね。そして愛を見失ってしまった。こうして二人で一緒に悲しみを感じていると、見失っていたものが感じられてきます。お父さんと沼で出会って、悲しいねって、一緒に感じてあげてください。人間は誰も完璧ではないから、生きている限り、思うようにならないことがたくさんあります。そのたびに、辛く、悲しい気持ちになります。それをわかり合えるのは、悲しみを知っている人です。この悲しみは、愛に最も近い場所です」
今思うと、幼い私が無邪気に遊んでいると、父は必ず機嫌が悪くなりました。彼は、無邪気では生きて来られなかったのでしょうね。きっと、父も無邪気な自分を捨ててしまったんです。自分が捨ててしまったものを、子供の私に目の当たりに見せられて、耐えられなかったかも知れません。あの断崖の下の深い海の底には、父の無邪気な、幼な子の心も沈んでいたような気がします。父の心も、あのとき一緒に救われたのでしょうか。そうだったらいいなぁと、今、心からそう思います」。
■「見~つけた!」
彼女は、自分の胸に幼子を抱きしめるようなしぐさで、しばらく涙を流し続けました。私は続けて語りかけます。
「A子さん、こんなふうにお父さんに出会ってみると、ここへ来る前あなたが見失っていた温かいものを、少し感じ始めているんじゃないですか? ここは、ずっと長い間、見失っていたものと、出会える場所なんです」
セッション後、A子さんはこのように語ってくれました。
「沼に入っていって父を見たとき、私はとても大切なものを、ここに置き去りにしていたんだなって思いました。父のこと、今まで心底憎んでいたのに、沼で彼を見つけたときに、嬉しかったんです。そして、父が『これがばれたら絶対に見捨てられてしまう』、と必死に隠していた感情も、『見~つけた!』って、感じてあげることができました。父のインナーチャイルドも私のインナーチャイルドも、ほっとしています。やっと、見つけてもらえたってほっとしている。見つけてもらえたし、私も見失っていたものを見つけることができました」
誰にも見つかりたくないけれど、永遠に見つけてもらえないのはもっと悲しい…。
子供がかくれんぼを好きなのは、単純な遊びの中に、さまざまな思いが交錯するひとときを経験するからかも知れませんね。
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