・スカッと爽快な気分になること
・至福感に浸ること
・目に見えないスピリチュアルな存在と繋がること
・テンションを上げてやる気を出させること
H・E・A・R・Tの目的は、こうした“ハイ”な状態になることではありません。
“ハイ”で終わるようなセミナーやワークショップの場合、その後しばらくすると、また元の“ロー”状態に戻ってしまいます。
「あのセミナーに出たときの高揚感は、いったいどうしちゃったんだろう」と気分が落ち込むので、「またあそこに行かなければ」と参加を繰り返すことになり、一種の嗜癖・依存症のようになりがちです。
それに・・・。無理に一体感を感じさせるような“盛り上げ”系のセッションは、私には恥ずかしいし、どうしても嘘っぽいような感じがしてしまうのです。
また、全てが解決して全く悩みや問題がなくなることがゴールだとは、考えていません。
生きていると、次々に問題が起きてきます。
ひとつ解決したと思っても、また次のテーマが表面化してくるのです。
まるで、箱から1枚ティッシュを取り出したとたん、次のティッシュが現れてくるように、次から次へと新たなテーマが目の前に出てきます。
同時に、心の中で起こっていることに呼応するかのように、外側の世界でもいろいろな問題が表出してくるようになります。
自分自身の問題に取り組んでいくうちに、問題が全てクリアになることを目的としていると、いつまで経ってもクリアにはならないな、と気づくようになりました。
問題をすっかりなくさなければならない、という思考の根底にあるものは、白黒はっきりさせたい、つまり All or Nothing の考え方です。
簡単に言うと、
「落ち込んでいる状態は良くないから元気になりましょう」
「嫌な気持ちになるのは心が汚れているせいだから、浄化して綺麗にしましょう」
といったように、物事を“いいもの”と“悪いもの”に分類し、“悪いもの”を駆逐しようとする考え方です。
さらに、アメリカに代表される資本主義的なサクセスストーリーがくっついて、
「成功して豊かになることが人生の目的」「人間はどんどん成長していくべき」
「がむしゃらに頑張ることが良いこと」「物語はハッピーエンドで終わるもの」
「いつも明るく元気でいなければならない」
といった概念が形成され、ありのままの自分と葛藤を起こしはじめます。
自分の気持ちを抑圧したまま、動けなくなるまで頑張り続けると、鬱(うつ)になります。
いわば、強制的に休ませるために鬱になるのですが、鬱の人の多くは、「頑張れなくなってしまった自分はダメだ」と、自分を責めています。
責められている心と体は、休むことができません。
もし、ここで、鬱の人が鬱に浸りきることができたら、穏やかに鬱の中で休んでいくことができるのではないでしょうか。
ハイな状態にならなければならないのではなく、オーラを浄化しなければならないのでもなく、自我(エゴ)から見ればダメだと思える状態の中に安息や落ち着きがあって、汚れていると思い込んでいるものの中に、救いや安らぎがあるのではないかと思うのです。
そして、たとえ心が傷ついていても、それすらもその人の人生の中で薬、つまりリソースになると考えています。
例えば、その傷があるからこそ、開ける道や出会いがあるかもしれません。
自分には問題もあるし傷もある。怒りも憎しみもイライラもある。
こういったものを浄化したり消していくのではなく、抱えながら、どう付き合っていけるだろうか、ということを一緒に探っていきたいと思っています。
自分の中にある様々な、時に矛盾する気持ちと、無理なく一緒に生きていけるように。
それは、大きな、目に見える変化ではないかもしれません。
それでも、じわじわと「こころの力」が育っていって、ここに来なくても、ありのままの自分と一緒に居られるように・・・という気持ちで、H・E・A・R・Tを開催しています。
2007年2月
H・E・A・R・T の目的は、人生という冒険にワクワク胸をときめかせ、キラキラと目を輝かせて生きていた、遠い昔の幼い頃のような、愛に満ちたあなた自身を取り戻すことです。
ネガティブな感情を感じることを、恐れることは何もありません。
今までずっと切り離してきた感情を感じ、本来の自分とつながる時、不必要に自分を苦しめてきたかのように思えたネガティブな感情がガイド役になって、自分が本当に進みたい道、やりたかったことへ導いていってくれます。
そして自分自身とのコミュニケーションが深まり、周りの人たちともこころでつながってゆくことができるようになります。
あなたが今までの人生の中であきらめてしまっていたかも知れない愛情やときめき、生き生きとした好奇心、大いなる困難にも立ち向かっていくことのできる勇気、意欲、それらの宝石のような感情が、まさに自分の中からとめどなく溢れ出てくるようになるのです。
例えば骨折した時、折れた部分を固定もせず、手や足がブラブラしている状態のままでは、肉体的にも不安定で、心情的にも不安な状態のままです。
しかし、折れた骨をギプスで固定したり松葉杖をついたりしてケアすれば、心身共に安定した状態になっていきます。
その安定した状態で、テレビを見たり、くつろいだり、何の気なしに過ごしていても、傷はひとりでに治っていくでしょう。
H・E・A・R・Tは、ちょうど、折れた骨をケアするギプスのようなものです。
こころの傷が回復するまで、安心な環境の中で、あなたの自己治癒力を育てていきませんか?