日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2004年2月1日

「心の糸が絡まったとき」

 もつれてしまった糸が、複雑なループになって互いに絡み合っているのを、ほぐそうとしたことがありますか。糸の片方の端を見つけて引っ張ってみたり、どれか一つのループを大きく引き伸ばしてみたり…。すると今度は、反対側が引っ張られてますます固く結ばれて、なかなかほぐすことができません。

 私たちの心も同じです。複雑に絡み合ってしまっているときは、片方の思いを成し遂げようと努力すればするほど、もう一方の思いが固く苦しく締まって、身動きが取れなくなってしまうのです。


■モデリングで手本を見せる


 「ヒプノセラピースクール」の授業中に、「友人が落ち込んでいるとき、何とか元気づけようとしたり励まそうとしたりしたくなってしまうのですが、どうしたら良いのでしょうか?」という質問がありました。 セラピーの一番簡単な手法はモデリングです。自分がモデルになってお手本を見せることで、相手にも同じように振る舞ってもらおうとするものです。

 例えば、友達が落ち込んでいるときに、わざと明るく楽しそうな表情を作って、「ほらっ、元気出しなよ!」と話しかけたりしますね。皆さんもこのやり方で、その場の雰囲気が明るくなった体験があると思います。こういうときは、心の苦しみが解けていったというより、相手が「わたしを励まそうとしてくれている気持ちが嬉しい。わたしは大切に思われているんだなぁ」と感じることで、そのままの自分自身を受け入れることの助けになったのでしょう。


■励まされると落ち込んでしまう


 しかし、周囲の励ましや元気づけで解決する程度の心の状態なら、実は時間がたてば、その人ひとりでも解決できるものなのです。それよりも複雑に絡み合った心理状態で落ち込んでいる人の場合、励ましや元気づけだけでは解決しません。それでもこちらが励ませば、ほとんどの人は明るい笑顔を見せてくれるでしょう。それは自分を励ましてくれる人をこれ以上心配させないようにと、相手が気を使って無理に元気を出そうとしているのです。そういう気遣いをしてしまう優しさゆえに、その人はいろいろなことを自分ひとりで背負い込んで、苦しくなっているのかも知れません。励ましに応えようと、なけなしのエネルギーを使って明るく振る舞おうとすることは、その人の心の負担になります。そしてひとりになってから、余計落ち込んでしまうのです。

 その人だって、「落ち込まないようにしよう。明るくなろう」と自分自身何度も言い聞かせてきたことでしょう。つまり、こうなってほしいモデル(=明るくなる)を示すモデリングは、結局役に立たなかったことを、また他人から求められ、相手に気を使って明るく振舞うことで疲れ果て、さらに落ち込んでしまうのです。


■『中島みゆき』でペーシング


 では落ち込んでいる友人には、どのような接し方をすればいいでしょう。落ち込みに限らず、心のエネルギーが枯渇している人に接するときは、できるだけ心の負担にならないような接し方がいいですね。それには「ペーシング」といって、相手のペースにこちらから合わせていくやり方が有効です。自分と同じ状態のものと一緒にいると、心が落ち着いてくるからです。

 ある女性は、失恋で悲しくて絶望に沈み込んでいたとき、一ヵ月間、中島みゆきの失恋の唄ばかり聞いていたそうです。「明るくてノリのいい曲とか落語などは苦しくて聞く気になれませんでした。ひたすら失恋で傷ついたみじめな心を歌った曲に浸っているほうが、悲しいは悲しいけれど、なぜか心が落ち着いたのです」と話してくれました。

 ペーシングはモデリングの反対で、こちらが相手の状態に合わせていきます。相手の姿勢やしぐさ、話し方、表情、言葉使いなどを、気づかれないように微妙に真似るのです。

 ペーシングされると、相手は「自分と同じような人がそばにいるなぁ」という感覚になっていきます。自分と同類の人と一緒にいるのは心の負担になりません。安心して、次第に心が弛んできます。そして、『落ち込んでいる自分』をありのまま受け入れることのできる気持ちになっていくのです。

 楽しいとき、うれしいときは、気づかないうちにお互いペーシングしているものなのですが、落ち込んでいる相手と一緒にいるときにはなかなかできません。暗く落ち込んでいる人に対して、こちらも同様の雰囲気になって接していくと、二人とも暗く落ち込んだ気持ちになってしまって、それで癒しが起きるとは思えないからでしょう。またそんな相手にペーシングすることは、まるで相手がはまりこんでいる沼の中に自分も一緒に入っていくような感じがするので、本能的にやりたくないのかもしれません。それよりも、明るい自分になってみせるモデリングでその場を明るくしようとしたり、「こうしてみたら」「ああしてみたら」と具体的な方法の指示だけをして、相手にそれをさせる方がよほど気が楽です。

 ただ落ち込んでいる心がペーシングだけで癒されていくわけではありません。ペーシングによって安心し、心の緊張が弛んだ状態になることで、癒しが起きやすい状態が整っていくのです。ペーシングは、絡み合った心の糸がほぐれやすい状態にするのに有効なのです。
 

■二律背反で身動きが取れない


 次に必要なのは、その人が意識で求めている思いと、無意識で求めている思いとの食い違いをまとめていくことです。励ましや元気づけだけでは解決しない複雑な心理状態とは、こちらが立てばあちらが立たずという二律背反の状態になっていて、身動きが取れなくなっているのです。

 私の高校時代の友人に、こんな人がいました。せっかく進学校に入学できたのに、担任の先生に生意気だと目をつけられて、ささいなことで何かと注意をされ、成績が悪いことをあからさまにバカにされ「悔しかったら成績を上げてみろ」と言われ続けているうちに、どんどん成績が下がっていってしまったのです。

 「彼には、受験勉強だけを重視している環境そのものが合わないので、別の高校に変わった方がよいのかも…」と中学の時の先生はアドバイスしましたが、やっとの思いで入った名門高校なので、何とかそこで頑張らせたいと両親は思っていたし、本人もそう思っていました。「環境に負けるな。成績を上げればすべて解決するんだ」と親は言うし、本人も「成績を上げて担任を見返したい」と強く思っているのですが、勉強に集中することができません。そのうち彼はどんどん暗くふさぎ込むようになっていきました。

 彼の無意識のなかでは何が起きていたのでしょうか。彼は進学校になじむことができず、自分では何とかしようとしているのに担任の先生からいじめられた結果、自我が壊れてしまいそうになっています。こういうとき、自我は自分を守ることを最優先にします。ふてくされているような態度をとっているのも「自分は悪くないんだ」というプライドで、かろうじて自分を支えようとしているからです。もし、自我を守らないでいたらもっとバランスの欠けた心理状態になってしまうでしょう。

 彼は意識では、成績を上げたいと思っています。しかし、成績を上げるということは、自分を苦しめている先生の言う通りになるということになってしまいます。それは、今まで先生がしてきたむごい仕打ちが、「生徒を発奮させて成績を上げさせるため」という、まるで良い行ないのようになってしまいます。

 先生の言うなりになってしまったら、彼の自我のある部分は壊れて死んでしまい、今までとは違う自分になってしまうでしょう。従順な人間になることで管理社会に適応していくことも、ひとつの生きる道かもしれません。しかし、彼は自我を守るために必死になって戦っています。勉強に集中することよりも、自我を守ることの方が無意識のなかでは重要な目的になっているのです。成績を上げたいと強く思ってはいるものの、無意識のなかには「先生の言うなりになって成績を上げるな」という思いがあるのです。正に、二律背反の状態です。


■心の糸がほぐれていく


 真っ直ぐな一本の糸も、周りに揉みくちゃにされていくうちに、たくさんのループができて、それらが互いに絡まり合っていきます。このように心の糸が絡んでしまっているときは、どこかのループだけを力まかせに引っ張るだけではどうにもなりません。一方を少し引き伸ばしたら、今度は他方を少し引いてみる。そしたら思いかげない所が引きつれてくるかも知れません。そこで、また違うところを少し引き伸ばしてみます。これを気長に続けて、全体が少しずつ弛んでくるようにしていきます。やがて弛んでくるにつれて、どの糸がどこに絡み合っていて、そこをどうしてほしいのかがわかってきます。

 セラピーでは、心のなかにあるたくさんの思い(ループ)の一つひとつにペーシングしていきます。すると今まで身構えていたそれらの思いは、理解してもらえた感覚のなかで、安心して弛んでいきます。やがてその思いは、自分のことを語り始めるでしょう。そして、別して、別の思いの「声」を聞く耳を持ち始めていくのです。今までバラバラの方向に進もうとして身動きが取れなくなっていた思いが、相互に協力し合うようになります。内面でそのような変化が起こってくると、どうにもならなくて暗く落ち込むばかりだったのが、少しずつ光が見えてきて、より良い方向へと変わっていくことができるのです。


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