日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2004年4月1日

「無意識からの助け」

 誰にでも、「自分はこうなりたいのに、なかなか思うようにいかない」ということがあると思います。それがある晩、寝ている間に、無意識が全部クリアーさせてくれて、不思議なことに朝起きたときにはとても楽になっていたとしたら…。そんな話は信じられますか?


■過食嘔吐でバランスを取っている


 摂食障害の一形態である過食嘔吐を改善させるには、大抵は長い期間を必要とすることが多いようです。食事はタバコなどと違ってすっぱりとやめることができないので、絶えず誘惑にさらされているということもあります。しかし最大の理由は、過食嘔吐の背景には家族関係に根ざした心理的なものが複雑に絡みあっているため、過食嘔吐という表面上の症状に直接働きかけてやめさせようとしてもうまくいかないという点にあります。その人の複雑な心理的背景に安定がもたらされるようなセラピーを丹念に時間をかけてしないまま、過食嘔吐だけに働きかけて取り除くことは難しいものです。

 ごく稀なケースで、過食嘔吐の症状だけに直接的な暗示で働きかけて、それを取り除くことのできた例を聞いたことがありますが、そのクライアントは過食嘔吐をしていたときよりもつらく苦しい状態になってしまったということです。その人は、過食によって「食べたい!」という気持ちを満たし、今度はそれを吐き出すことで「体のなかから汚らわしいものを出してスッキリしたい!」という気持ちを満たすことで、簡単な満足感を得ることによって、かろうじて、もっと大きな心の苦しみからのバランスを取ることができていたからです。

 玲子さん(35歳)は高校時代から摂食障害が始まり、以来ずっと過食嘔吐が続いてきました。今までにいろいろな療法を受けてきたそうですが、「そのときはよいのですが、後で不安や淋しさ、虚しさが襲ってきて過食してしまうのです」と言います。

 玲子さんの父親は戦争で父を亡くし、母からも見捨てられて孤独に育ちました。父親は玲子さんが幼いころからものすごく厳しく、「お父さんの言うとおりにしなさい」と、口ごたえする度に殴られていたそうです。母親もそれを止めてくれないどころか、もっと叩いてもいいと彼を煽っていたそうです。酒を飲んでは暴れる父親と、食べることでストレスを紛らわしている母親。際限なく太っていく母親を見ていると、玲子さんは自分も同じようになってしまうのではないかと、とても恐ろしくなったそうです。これが過食嘔吐の始まる直接のきっかけでした。


■二つの思いの間で揺れている


 彼女は「太りたくない」とダイエットしているうちに、耐えがたい淋しさがつのって、「満たされたい」という気持ちが強くなっていきます。そして思わず、気が済むまで過食をしてしまうと、また「太りたくない」という恐れが襲ってきて、食べたものを全部吐き出してしまいます。すると、悪いものを吐き出してスッキリしたような気分になるのですが、しばらくすると、また淋しさに襲われて過食をしてしまいます。

 玲子さんはこのように嘔吐と過食の間で激しく揺れ動いている状態が長く続いていました。ブランコに乗って前の方に大きく漕ぎ出すと、後ろの方へ大きく揺り戻されるのと同じです。彼女の主訴は過食嘔吐ですが、話を聞いていくと、いつも彼女につきまとう「淋しさ」が、このブランコを揺らしているようでした。

 また彼女は親元を離れて一人で暮らすようになっても、怒った父親に追いかけられる夢に苦しんでいました。なのに、付き合う男性は、なぜか父に似ているのです。玲子さんの彼も母親に捨てられたせいか、女は犠牲になるのが当たり前という考えの男性でした。

 彼女のセラピーでは、まず両親に対して持っているネガティブな感情を取り上げました。

 「お母さんのようにはなりたくない」と思いながらも、母親と同じように過食をしている。そして、父親を恐れているにもかかわらず、父親に似た男性と付き合っている玲子さん。それは単に両親に影響されているからだけなのでしょうか。食べ過ぎることには母親の面影を、その男性には父親の面影を知らず知らずのうちに求めているのかもしれません。しかし彼女の表面上の意識は、両親を強く拒絶しています。両親を求める気持ちと拒絶する気持ちの間で、ここでもブランコが大きく揺れているようです。

 それまで拒絶していた両親への愛に気づいていくセッションの中で、玲子さんは内側から自分自身へのいとおしい思いや言葉にならない温かい感覚が湧き上がってきて、自分と両親の三人がこの温かい感覚に包まれていく体験をしました。

 このセッション後も、玲子さんの過食嘔吐と、父親から追いかけられる悪夢は相変わらずでしたが、毎晩、「お父さんとお母さんが癒されますように」とお祈りをするようになったそうです。


■夢の中で新しい自分に気づく


 その後数回のセッションを経て、ある晩彼女はこんな夢を見ました。

 「父が怒って、もの凄い形相で包丁を持って迫ってきます。いつもなら恐怖で逃げ惑い、泣きながら目が覚めるのですが、今日はどういうわけか平気なのです。包丁が胸元まで迫ってきても、私は凛としています。『お父さん、なにしてるの?』。すると父は、私を刺せずに止まってしまったのです。翌朝目覚めると、心も体も楽になっていました。あの夢を見たことで落ち着きました。それまでは何かあるとすぐ過去に引き戻されていたのが、以来あの悪夢は見なくなりました。それどころか楽しい夢を見ることができるようになったのです。すごく自由になった感じです。そして、あの家に生まれた意味が今では少しわかるような気がします。昔は父に同情して、私も家族に犠牲して、辛くても忍耐していました。そこから自由になるためにあの家族が必要だったのだと思います」。
 

■揺れながら落ち着いていく


 何かに依存している人は、心の奥で切実に求めているものがあります。優しくしてもらいたい、そばにいてほしいなど、そのほとんどは愛情に関するものです。求めても得られなかったものの代わりに、別の何かに依存することで心を満たそうとしているのです。玲子さんの場合は、過食をすることで気持ちを紛らわせようとしていました。

 自分が本当に求めているものは何なのか…。彼女の心に、女神のイメージが浮かんできました。その優しい眼差しを見ているうちに、淋しさが溢れてきました。すると女神は彼女を優しく抱きしめてくれたそうです。彼女は心が柔らかでとても温かいと言います。

 「こんなふうにお母さんに優しくしてもらいたかった」

 彼女には自己催眠の方法を教えて、過食したくなるたびにこの気持ちを再体験してもらうようにし、私はまたブランコの話をしました。

 「ポジティブな方に揺れて行こうとすると、今度はネガティブな方にも揺れていくよね。ポジティブな方に揺れたり、ネガティブな方に揺れたり、交互に揺れていくうちに、しだいに落ち着くところに、落ち着いていくんだよね」

 その後玲子さんは毎晩自己催眠をおこない、前は毎日だった過食嘔吐も回数は少なくなっているのですが、完全にやめることのできない自分を責める気持ちで、前よりも苦しくなってしまったのです。


■心のなかの私に抱きしめられて


 こんな状態が続いたある夜、玲子さんはまた無性に淋しくなって過食をしてしまいました。無力感と自責の念で落ち込んだ彼女は布団にくるまって、いつしか眠りに落ちていきました。

 すると夢の中で、もう一人の自分が現れて彼女に話しかけてきたそうです。まばゆく輝いているもう一人の玲子さんは「今まで苦しんできたね。あなたを縛っている鎖を解いてあげる。いつもあなたの中にいて守ってあげるから、私を信じて。過食をしたくなったら私を呼び出して『衝動を抑えてちょうだい』って私に頼んでね」と言って彼女を抱きしめてくれました。

 温かい感じが胸の奥から溢れて全身に広がっていきました。目覚めると、いつもは起きるのが辛くてずっと布団から出られないのに、不思議と心が軽くなっていたそうです。

 「本当の自分、そして心のちからが私の中にあるんだなって実感しています。今までずっと一人で頑張って生きてきたけれど、頼ろうと思った。甘えようと思った」と玲子さんはいいます。

 この体験から、彼女は心が満たされているときは食べたいという気にならない、ということがはっきりと解かったそうです。それからの彼女は過食の衝動が襲ってくるたびに自分の心の奥にお願いをすると、心が温かいもので満たされてくるそうです。それでもときどき過食をしてしまったときには、もう一人の自分が「いいんだよ」と言ってくれているような気がして、すぐに気分が立ち直るようになったそうです。
 

■無意識からの助けは、さりげなく


 頭でどう考えても解決方法が見つけられないことがあります。それでも問題に取り組み続けていと、無意識のなかの大きな叡智が働き始めて、あなたを助けてくれることが起きます。 ヒプノセラピーを受けることによって、無意識と意識の間のコミュニケーションが進んでいくうちに、クライアントの中にある二つの相反した気持ちが統合されていきます。すると、無意識からの助けが「夢」という形や、それ以外の形でも起きやすくなるのです。

 玲子さんの場合は夢の中の体験によって、今までの自分のパターンから楽に変化していくことができました。人によっては、「何かすごい夢を見たみたいだけど、目覚めてみると思い出せない」というようなことが起きます。これは、心のなかで行なった大きな作業を意識では忘れて、あとは無意識にまかせている状態です。時にはこうして意識に負担をかけないような形で、スムーズに変化していくこともあります。さらに、まったく気づかないうちに、無意識からの助けが働いて変化していくこともあります。

 このように、ヒプノセラピーが得意とする無意識の変化は、「特に何が変わったわけでもないのに、何だか知らないうちに楽になったなぁ」という感じで状況が変わっていきます。その人の無意識のなかで大きな作業が行なわれていることに気づかせない、「エレガント」な変化です。

 無意識からの助けは、さりげなくそこにあります。三月の春の気配のように。


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