日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
2004年6月1日
「分離した心を助けてくれるもの」
酸性とアルカリ性を一緒にすると中性になった、という実験をしたことがありませんか。二つのものを一緒にすると、新しいものが生まれます。中世ヨーロッパの錬金術師は、鉛を色々なものと一緒にして金に変えようとしていました。
私たちの心の中にある、鉛のようにしか思えない気持ちを、金に変えることはできるのでしょうか。
心を癒すにはさまざまなアプローチの仕方がありますが、それらの原則をシンプルにしてみると、「あるものと、違うものとを、一緒にすること」と言うことができると思います。
■心の中の葛藤へのアプローチ
私たちは「嫌だ」と思っているものを、心の中で切り離しています。自分というひとつの存在の中で分離され、拒絶された部分から生じる葛藤が、さまざまな心の問題を作り出しているのです。ヒプノセラピーの目的は、分離していた心と心を一緒にして、一つにすることです。それによって、その人の物事に対する見方、感じ方などが変わっていき、より「調和の取れた新しい心」が生まれていくサポートをすることです。
男性が近くに寄ると、生理的に嫌な感覚が走って鳥肌が立ってしまうので結婚できないという女性が、先日個人セラピーに訪れました。確かに私が近づくと、彼女の身体が硬直するのがわかります。
そこで彼女には、催眠状態のなかで、まず男性と会っているときのことをイメージして、そのときの感覚を感じてもらいながら左手を握ってもらいました。次に、過去の最高に良い気持ちを味わった体験を思い出して、その感覚を感じてもらいながら、右手を握ってもらいます。それから両手を同時に握って、しばらくそのままにしていてもらいました。
彼女が催眠状態から覚めると、私が近づいても身体が硬直することはなくなりました。これでようやく彼女の男性嫌いの中核となっている父親との問題の本格的なセラピーに入る準備が整いました。最初に私が近づいても緊張しない状態をつくっておかないとセラピーを行なうことができないからです。
これは「嫌な感覚」と「良い感覚」という相反する二つの感覚を一緒にすることで、新しい感覚を生まれさせる方法です。彼女の心の中では、男性に関することと、心地の良いことが大きく離れていたので、それらを一緒にしていったのです。
■同じ出来事への感じ方が変わる
これは心の葛藤状態を解消するとき、とても簡単にできる方法ですが、これだけでは元に戻ることもあり、また、二つの分離した思いがなかなかこのように素直に一緒になってくれないこともあります。
ある女性はマンションの上階からの騒音に悩んでいました。上の部屋では父親が毎晩11時過ぎに帰宅すると、決まって子供がおもちゃを引きずってはしゃぎ回る音や、父親が子供を抱いてあやしながら歩き回る足音が一時間近く続くそうです。そのたびに真下に住んでいるこの女性は、「こんな夜中に非常識だ」とイライラしてしまうのです。
彼女は「小さな子供がいるから仕方がない」と考えようとしました。つまり「非常識な家庭に対するイライラ」と「子育てにはある程度の騒音は仕方がない」という思いを一緒にしようとしたのです。ところが、やはり非常識だという思いが強くて、二つの気持ちはなかなか一緒になってくれませんでした。
しばらくして、その女性にも子供が産まれました。赤ちゃんは時間に関係なくいろいろなことを要求してきます。夜中も3時間おきにミルクを飲ませなくてはなりません。抱っこしていて欲しいと泣くので、一晩中抱いて歩き回ったこともありました。
数ヶ月がたち、ようやくまとまって眠るまでに育った赤ちゃんに添い寝していると、夜中になっていつものように上の階の父親が帰ってきて、子供と一緒に遊ぶ音が聞こえてきました。その音を聞いているうちに、「夜遅くまで働いて疲れているだろうに、帰って子供と遊んであげて、優しいお父さんだな」という思いが出てきました。そして、微笑ましい気持ちなって眠ってしまったそうです。
それからも上の階の物音は相変わらず続いているのに、「非常識だ」という気持ちが自然になくなって、まったく気にならずに眠れるようになったそうです。
■新たなエッセンスが加わることで起こる変化
彼女の場合、「非常識だ」と「子育てしているのだから」という相反する思いが分離したままで苦しんでいたところに、彼女自身の「子育ての体験」という要素が助けになって、二つの思いが一緒になっていきました。このように、人生で新たな経験をすることによって、その人のものの見方が変わり、自然に癒しが起こることもあります。時とともに何かが訪れることによって、分離したまま自分ではどうしようもなかった思いが、楽に一つになっていったのです。
また、分離していた方が都合が良いと思う気持ちが複雑に絡み合っている場合には、分離した心を「A+B=C」のように機械的に一つにしようとしても、感情的な抵抗によってますます葛藤や苦しみが大きくなってしまいます。一見遠回りのように見えるかも知れませんが、「A」でも「B」でもない、まったく別の要素を加えることによって、結果的にすんなりと「A」と「B」が融け合ってくれるのです。
たとえば、自転車のチェーンの油が手についたとき、いきなり石鹸で洗っても、なかなかきれいに落ちません。チェーンの油と石鹸が混じり合わず、一緒になってくれないからです。そんなときには、まずサラダオイルを使うといいのです。サラダオイルをかけて手をこすっていくと、チェーンの油がサラダオイルに融けて一緒になっていきます。そしてその後に、石鹸でサラダオイルを洗い流すと、楽に早くきれいになるのです。
人が怖くて外に出られないというクライアントのセッションで、安心な気持ちを感じている状態と、人と会っている状態を彼女の中で一緒にしようとしたときのことです。二つの状態を感じて手を握る方法を行なっている最中、彼女は体が苦しくなって、それ以上続けられなくなってしまいました。表面意識では「人と会っても平気でいられる自分にしてください」と言っていても、彼女の無意識はそれを強く拒否していたのです。
そこで、昔可愛がっていたネコと、今の自分を一緒にしてもらいました。ネコと今の自分が一緒になることで、新しい感覚が彼女の中に生まれてきました。
次にその新しい感覚を利用して、セラピストである私とのラポール(信頼感)を形成していきます。そのラポールを土台にして、さらに受け入れやすい誰かと彼女とを一緒にしてもらいました。
他人に対する恐怖心自体に働きかけてそれを変化させようとするのではなく、よりなじみやすいものから徐々に融け合わせ、まぜることで最終的に彼女が抱いていた恐怖心を、別の思いに変換させていったのです。
■相反するふたつの思いがひとつになるとき
このように、セラピストはさまざまな方法で「二つの気持ちを一緒にする」ためのサポートを行いますが、それらが実際に統合されていくのは、クライアント本人の無意識の中にある「何か」が働いてくれるからです。私の実感では、分離していた心と心が一つになろうとする少し手前で、暖かくて優しい何かが、いとしいような気持ちとともに、どこからともなく訪れる…といった印象です。それはあたかも、切り離されていた、忘れ去られていた「いのち」の一部が戻ってきて、分離してしまった二つをつなげる助けをしてくれるような感じです。
どんなものでも優しく包み込んで、融かしてくれるものがあります。今までどうしても受け入れられなかった相手を受け入れられるようになるとき、そこには目に見えない大きなちからが働いてくれているような気がしてなりません。それがどこからともなく訪れて、二人を包んでいくのか、それとも心の奥から溢れて、自分とその人を包んでいくのか、私にはどちらかわかりません。しかしその瞬間は、いつものセッションルームがまるで別の空間に入ったかのような静けさに包まれます。そんなとき私はいつも、厳かで、限りなく深い愛が訪れているのを感じないではいられないのです。
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