日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2004年10月4日

「共感」

 まだ言葉を話せない幼児と一緒にいると、身振り手振り、顔の表情や声など、言葉以外の方法でさかんにコミュニケーションをしてきます。こちらも幼児と同じようなテンポで「キャッ、キャッ」と声を発したり、ハイハイをしたりして、声や身振りを真似してやると、“私はあなたと仲良しですよ”という雰囲気が子供に伝わるようで、とても嬉しそうにします。また、大人がすることを自分が真似することも大好きです。生まれたばかりの新生児でも、母親の顔の表情を真似しようとする仕草を見せるといいます。相手の真似をすることは、人間と人間のコミュニケーションの始まりなのでしょう。


■雰囲気を合わせると安心が生まれる


 心理療法の場面でも、セラピストがクライアントの真似をする「ペーシング」という技術があります。相手のペースにこちらから合わせる方法です。

 具体的には、呼吸、姿勢、動き、声、しゃべり方、早さ、リズムなどを真似るのですが、真似をしていることがクライアントに分かってしまうと不愉快に思われるので、相手に気づかれないように、微妙に真似ていきます。まるで、セラピストがクライアントと同じような雰囲気に身を包む感じです。

 例えば、悩みを抱えて落ち込んでいるクライアントに、セラピストが積極的で前向きな溌剌とした雰囲気で接すると、クライアントは居心地が悪くなり、話したいことも話せなくなってしまいます。ため息まじりでポツリポツリと話すようなクライアントには、ため息と同じような息づかいで「そうですか」と静かに相づちを打ってあげると、より楽に話すようになります。

 たとえ相づちしなくても、相手と同じ雰囲気に合わせているだけで、“私はあなたに心を向けていますよ”という感覚が相手に伝わります。また不思議と、相手の雰囲気に合わせようとしていると、自然と相手に心が向いていくものなのです。


■共感は言葉を超えて相互に伝わりあう


 ペーシングして呼吸、姿勢、リズム、そして雰囲気までも相手に合わせていくと、クライアントがどんなことを感じているのか、自然と伝わってきます。セラピーの最初の段階では、悲しみや、重苦しいような感覚がセラピスト側に伝わってくるものですが、何度かセラピーを行っているうちに、セラピストが感じるものが楽になってくると、クライアントもまた楽になってきたと言うのです。つまり、クライアントの感じている感覚を、セラピストも同じように感じているのです。これを「共感」といいます。

 セラピストはセラピー効果を高めるために、ペーシングして意図的に「共感」という心の働きを用いますが、“この人といると安心だ”という土台が築かれると、セラピストがクライアントに共感するだけでなく、セラピストの方からも何かが自然とクライアントに伝わる、相互の交流が起きてきます。このとき、セラピストがあえて言葉で伝えなくても、クライアントは相手にわかってもらえている、心から受け容れられているという感覚を味わうことができるのです。すると、固く絡まった糸がほどけるように、だんだんと心が柔らかくなっていき、癒しが起こるのです。心が癒されるためには、納得するための言葉や理屈は必要不可欠なものではないのです。癒しの本質は、共感にあります。

 先日、子供がはしかの予防接種を受けたときのことです。痛みに口が少しへの字になりましたが、それでもまったく泣かなかったので、お医者さんや看護婦さんから「えらいな〜」と盛んにほめられていました。まだ言葉は話せなくても、ガマンできたことを大人がほめてくれているのはわかったようです。

 しかし、家に帰ってお昼寝から目覚めたあと、彼女がぐずり始めました。最初はまだ眠たいのかと思ってあやしていたのですが、どうも違うようです。「もしかして、さっきの注射で素直に泣けなかったつらい気持ちが、今出てきているのかも知れない」と、試しに「お注射、痛かったね。ほんとは泣きたいのをガマンしちゃったね」と話しかけてみると、火がついたように泣き出しました。

 こちらにも、痛みを痛いと表現できなかった彼女の苦しい気持ちが自分のことのように伝わってきます。

 ひとりでは心に納めきれなくて、ガマンするしかなかった苦しい思いも、心から共感して一緒に感じてくれる人がそばにいてくれることで、その感情を感じながら心の中にきちんと整理していくことができるのです。それは、幼児も大人も変わりありません。


■共感によって感情が整理される


 では、どのように感情が整理されていくのかをもう少し説明しましょう。

 人は、あまりにもつらい心的外傷を体験すると、そのときに感じた感情が強すぎて感じられなくなってしまいます。トラウマとなっている体験に感情が抜け落ちていたり、思い出せないことが起きるのはそのせいです。自我を保つための防衛手段として、強烈な感情とその出来事とをつなぐ回路が切り離されてしまうからです。これらのバラバラの状態で心の中に散らばっている感情は、何かのきっかけがあると、いろいろなかたちで噴き出してきます。時には原因となった出来事や相手は過去のことなのに、目の前のまったく別の出来事や人に対して、自分でも説明のつかない苦しい感情が出てきてしまいます。これが心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれるものです。

 クライアントの心の中では、出来事と感情が切り離されているので、傷ついた出来事のことを話していても、そのときの感情はまったく感じられないか、ほんの少ししか感じることができません。そのような場合、本人は淡々と話しているのに、聞いているセラピストの身体が次第にこわばってきたり、胸が苦しくなったりして、反応してきます。次に、クライアント本人が感じていない感情が、話を聞いているセラピストのほうに感じられてきます。共感が始まってくるからです。

 でもクライアントに向かって、「深い悲しみが感じられるのですが…」と伝えても、「えっ、何のこと?」と驚いたりします。しかし時間をかけていくうちに、今度は、セラピストが感じている感情が、少しずつクライアントに伝わっていきます。セラピストとの共感を通して、自分の感じられなかった感情がフィードバックされてくるのです。本人にとっては、今までずっと感じないようにしてきた耐えがたい感情なのですが、一緒に感じてくれる人がそばにいることで、言葉ではないレベルで「自分は受け入れられている」「わかってもらえている」という感覚を身体が受け取って、癒しのプロセスが始まります。

 そしてつらい出来事があったにもかかわらず、あの頃よりもずっと成長して、その人の中に素晴らしい能力と知恵が育っていることに意識が向いていくように、セラピストが導いていきます。すると、少し余裕のある眼差しで過去の出来事を振り返りながら、当時の感情を感じることができるようになります。そのとき、過去の出来事とそのとき感じた感情の、バラバラになっていたものが組み合わさって、納まるべきところに整理されていきます。出来事と感情がひとつになって、過去の引き出しにきちんと整理してしまい込まれます。これで、妙なところで妙なきっかけで、過去の感情が出て来て苦しい思いをすることがなくなるのです。

 ヒプノセラピースクールで、「クライアントに共感すると、ネガティブなものを受けてしまいませんか」と質問されたことがあります。泥沼のようなところにはまり込んでいる状態の人に共感すれば、もちろん自分も重苦しい気持ちになります。だから普通は、共感することを無意識に避けて、気の利いたアドバイスの一つもしたくなるのです。人間にはもともと、どうやって生きていったらいいのか、答えを自分で見つけ出す力があります。しかし心の傷でその力を発揮できない状態になっているときは、人に答えを教えてもらってもその通りにできないものです。

 かつて私が苦しんでいたとき、何も言わずに私に心を向けて共感してくれるひとりのセラピストに出会いました。自分が受け入れられている感覚で心が震えました。それまで、苦しくて感じることができなかった感情を、心を開いて一緒に感じてくれている感覚は心強いものでした。そしてその状態から抜け出していく瞬間に、私の中に、言葉では言い表せない感動が湧き起こってきました。

 生きる答えを見つける力を自分に取り戻したとき、人は大きな感動に包まれます。あのときのセラピストが、その感動を一緒に感じてくれていたことが、自分がセラピストになった今、はっきりとわかるのです。
 

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