日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2004年12月1日

「心の中で今も生きている『子供の自分』」

 赤ちゃんは泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑っています。それはまるで、産まれてきてここに生きていることを全身で表現しているようです。その無邪気なしぐさに接していると、泣いていても、甘えていても、思わず「よしよし」と、ただそこにいるだけで「良し」と言ってあげたくなります。

 大人になった私たちのなかにも、子供の心は生きています。好きなことに無心に取り組んでいるときや、自分の夢について情熱的に話しているときなどには、健やかな子供の心が外側に表れているようで、普段とは違う無邪気な命の輝きが感じられます。

 一方、同じように「子供の心」と言っても、立派な大人がまるで聞き分けのない子供のように癇癪を起こしたり、わけもなく怖がり屋、寂しがり屋の部分が出てきて、子供じみた言動を自分で抑えられないことがあります。これは子供の頃に心が傷ついたときの反応が、勝手に動き出してしまっているのです。


■三歳の幼児が赤ちゃんを育てている


 そういう人は、大人としての言動と、傷ついた子供の部分の言動とが入り交じって、自分の子供に対して一貫性のない態度で接することになります。まるで三歳の幼児が子育てしているような状態と言ってもいいでしょう。たとえば、家で子供が同じように騒いでも、自分の機嫌次第で、あるときはほほえみながら見守り、あるときは叱り飛ばす、といった具合です。その親自身もまた、傷ついた子供の自分をもつ親に育てられたので、自分でもどうしてこうなってしまうのかわかりません。

 子供はこうした環境で育つと、ひどく感情的に怒られたり脅迫されたりして心が傷つくだけでなく、親の態度がいつ、どう変化するのかわからない不安がつきまとうので、環境の方にばかり意識が向いて、その変化に絶えず自分を合わせていくようになります。そして親の一貫性のない態度や期待に適応できるように自分を変えていくうちに、『本当の自分』から離れていってしまい、次第に、自分の内側で何が起きているのか、自分が今本当は何を感じているのか、何をしたいのかがわからなくなるのです。

 このように育った人は、大人になって外側の世界に適応して生活しているように見えても、自分では大切な何かを亡くしてしまったような虚しさを感じるようになります。傷ついた子供の部分をもつ大人は皆、『本当の自分』から離れている「虚しさ」を感じているのです。


■心の三つの部分


 私たちの心は三層構造になっている、と考えてみるとわかりやすいかも知れません。

 まず土台の部分に、「健やかな子供の部分」があります。この世に産まれてきたときの「自分らしく生きていくよ」という無邪気な命の輝きに満ちた本当の自分を感じられる部分です。これが健やかに育っていってくれたら、「健やかな大人の心」になっていく部分です。

 その上に、「傷ついた子供の部分」が出来てきます。ある出来事で心が傷つくと、子供はその子なりの反応をします。我慢するために体に力を入れたり、自分の内側に閉じこもったり、あるいは怖れから相手の言いなりになったりします。こうした自分を守るためのやり方が、そのときに感じていた怖れや怒りの感情と一緒に反応パターンとして心に刻み込まれます。それが大人になってから、似たような出来事をきっかけにして子供じみた言動となって出てきてしまうのです。

 その上にある部分は、「大人の部分」です。過去の傷ついた体験をふまえて、また傷つかないでもすむように、大人として外側の世界に適応している自分です。たとえば、「良い子でいないと愛されないから」と、我慢して頑張り続ける部分です。この生き方を押し進めていくと、過労死になるくらい働き続けてしまったりするようになります。

 この「大人の部分」は「健やかな子供の部分」とつながることで、本当の自分として生きている実感を味わうことができます。同時に「健やかな子供の心」もまた、「大人の自分」とつながることで、無邪気だけれど無力な状態から抜けることができます。

 一方、「傷ついた子供の部分」は、「大人の部分」とつながることで、その知識や能力によって子供じみた言動から抜けることができ、また「健やかな子供の部分」とつながることで、その希望に満ちた命の輝きや、まわりと仲良く親密になることができる力によって、引きこもりや怖れから抜け出すことができます。


■心理状態が違うとつながることができない


 A子さんは、恋人ができると、見捨てられる怖れから相手にしがみついてしまい、結局うまくいかなくなるというパターンを何とか改善したいと思っていたそうです。あるとき、本に「自分にむかって、『愛しているよ』と言い続けなさい」と書いてあったのでその通りに実行したところ、効果がほとんどなかったといいます。

 A子さんが行ったことは、「大人の部分」から「傷ついた子供の部分」に愛を伝えることだと考えられます。

 心が傷つく出来事によって身に付いた反応パターンとそのときの記憶は、心が傷いている特殊な心理状態で脳にインプットされます。そして、傷ついた出来事を連想させるようなことがあって当時と同じ心理状態になると、ひとりでにそのときの子供じみた反応パターンや情動につながってしまい、そのときの情景や体の感覚や、ときには聞こえていた音などの記憶も断片的に出てきてしまうのです。

 しかし、通常の心理状態のときには、その記憶と反応パターンにつながろうとしてもつながることができません。A子さんも、普通の心理状態で「愛しているよ」と言っていたので、「傷ついた子供の部分」につながることできなかったのです。

 こういうときは、まず「傷ついた子供の部分」を子供の姿でイメージして、その子がどんな気持ちで何を感じているのかを「大人の部分」のあなたが感じてみることから始めます。もし寂しい感情が伝わってきたら、その子に「寂しいね」と言ってあげます。するとその子は、自分の気持ちをわかってもらえた、認めてもらえたと感じます。そのとき、傷ついたその子の心と、大人のあなたの心がつながっていくのです。そして、心から心へと気持ちを伝え合うことができるようになります。

 「こうした方がいい」と言うのでもなく、ただそばにいて、優しく見守っていてあげるだけでその子は癒されていくのです。大人になるまで生きてきて、失敗もしたし、そこから何かを学んだこともあった。努力をして何かができるようになったこともあった。辛いこと、楽しいこと、悲しいこと、いろんなことがあったけれど、なんとかそれを通り抜けてきた自分が、その子の気持ちを感じながら余裕のある大人の目でその子を見守ってあげていると、無意識のうちに「傷ついた子供の部分」に役立つ何らかの経験や能力が「大人の部分」から伝わっているのかもしれません。

 こうしたネガティブな部分と、自分の中にあるポジティブな資質(リソース)をつなげていく手法は、シンプルにして説明すると、マイナス100に、プラス100を加えて、0にするようなものです。マイナス100もプラス100も、どちらも自分の中にあるものがつながり合っていくので、自然に調和のとれた自分に戻っていきます。

 この他にも心理療法には、二つの部分をつなげるためのたくさんの手法があります。サイコドラマ(心理劇)でその心理状態になってみたり、NLPでは“立ち位置”でのアンカーリング(条件反射)を多用します。ヒプノセラピーではアンカーリングも使いますが、“幼児期退行催眠”が代表的です。
 

■不思議な安心感


 なかでも、大人の自分が傷ついた子供の自分を認めてあげて、愛おしい気持ちで見守ってあげるという手法には、副次的なある効果が実感されることがあります。それは、不思議な安心感のようなものです。

 ある女性がセッションの後でそのときの体験を語ってくれました。

 「傷ついた子供の自分を抱きしめていると、その子は大きな声で泣き始め、大人の私も泣いています。すると、温かい母の涙が降ってきました。私の母のようでもあり、もっと前の幾世代にも渡る女たちの涙のようにも思えます。うす紫色の温かい涙の雫がいっぱい降りてきて、その子にも私にも優しく染みわたっていく。人にしてもらうことだけしかできない無力なその子を見守っているうちに、思わずもっともっと愛を与えたいと思いました。そして、その子が私の愛を受け取ってくれていることで、私の方こそその子から愛を与えられていると感じました。そのとき、ふと、私を見守ってくれている眼差しがあるのかも知れないと思いました。私が何も知らずにその恵みを空気のようにただ受け取っていることを、その眼差しは嬉しく思っているように感じられます」

 これはマイナスに、プラスを加えて、0にするよりも、もっと大きくて穏やかな安心感が心の内側に染みわたっていくような感覚です。今の自分が過去の自分を暖かく見守っていることが、メタファー(暗喩)として無意識に作用しているのかも知れませんが、このように、暖かい「何か」に今の自分が見守られているような感覚をはっきりと感じる人が多いのです。

 その「何か」が、今よりも成長した未来の自分なのか、それとも自分よりも大きく愛に満ちた存在なのかはわかりません。しかしその存在によって、セラピーが大きく助けられ、癒しが進んでいくのを目の当たりにするたびに、私は人間の心の深遠さにうたれるのです。


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