日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
2005年4月1日
「体験で傷つき、体験によって癒される」
先日テレビで、有名なタレントによる人生相談のコーナーを見ていました。その中で、夫の態度が気に入らなくて離婚を考えている主婦の悩みに対して、彼は「あなたは“満腹”になりたいという付き合い方をしています。『親しき仲にも礼儀あり』で、夫婦と言えども一線を引いて“腹六分目”の感覚で付き合いなさい。そうやって相手を見てみれば、自分の感情に振り回されずに、夫がどうしてそのような態度を取るのか察してあげられるようになります。そして、夫の嫌な面だけしか見えていなかったのが、実は夫として、子供の父親として、良くやってくれている面にも気づいてきます」という内容のことを諄々と説いていました。相談者の主婦も、自分の未熟だった部分に改めて気づかされ、彼の言うことに深くうなづいていました。
私は、相手を納得させる彼の手際の良さに感心しながらも、心理療法では「“腹六分目”の感覚で付き合いなさい」とは言わないだろうなと思って見ていました。
■人生相談は「答え」を与え、心理療法は「変化」を助ける
前述の人生相談は、“腹六分目”で付き合うという答えを相談者に与えて、“満腹”を求めるエゴの声に惑わされずに、相手と自分を尊重しながら、相手のことを思いやる余裕を相談者自身が持つことのできるようになってもらうことを目指しています。“腹六分目”で付き合うことで、夫との心理的な距離を保つことができるので、嫌悪感からも離れることができます。
心理療法では、カウンセラーの方から答えを言うことは滅多にありません。と言うよりも、答えを聞いて自分でその通りにできるような状態ならば、心理療法に来なくても時間をかければ自力で解決できるのです。
心理療法に通われる方の多くは、「こうしたらいいですよ」と言われて、「なるほど、その通りだな」と納得しても、いざその場面になってみると、感情が邪魔をして理想通りにできないことが多いのです。そして、こうすれば良いとわかっているのに、それをやらない自分は、意志の力が弱くてだめだ、と自分を責めることになります。
こういう方は、心理療法に来るまでの間にも、意志の力を使ってさんざん頑張ってきたにもかかわらず、うまくいかなかったのです。それなのにまた、心理療法でも意志の力で頑張ってもらうのでは、同じことの繰り返しになってしまいます。その上、意志の力では変えられないほど複雑に絡み合ったテーマでは、意志の力で頑張ること自体がさらに問題を作り出してしまう悪循環に陥っていることが多いのです。だから私は、答えを言わないことで、クライエントの方がもうそれ以上意志の力で頑張らなくても済むようにしてあげたいのです。
心理療法では、一つの答えではなく、いくつかの仮説を立てながら、相談者の話を聴いていきます。
1.「夫の態度が嫌だ」と感じるのは、彼女の無意識の中に、結婚をめぐる何らかの葛藤があるのかも知れない。それは両親の結婚生活を見ていて形成された、彼女の結婚観から来るものかも知れない。
2.初めて接した男性である父親との葛藤が、同じ男性である夫に映し出されているのかも知れない。
3.“満腹”を求めるような気持ちが強く出てきてしまうのは、もともと彼女の心の中に何か満たされない気持ちがあって、それが夫への不満として出てきているのかも知れない。
以上のようなことを相談者が気づいていないので、嫌な気分になるのを夫の態度のせいにしている(投影)という見方をするのです。
この場合、夫婦の関係が深くなっていくにつれて、彼女の無意識の中にある葛藤や満たされない気持ちが疼き始めて、夫に対する嫌悪感がますます強くなってきたのでしょう。そして、この我慢できないような嫌悪感が表面化してきたおかげで、彼女自身今まで気づかずにいた、もしくは気づかないようにしてきた人生のテーマに、取り組んでいくことになるのです。このテーマが癒されていくにつれて、夫との関係だけでなく、彼女の人生においてさまざまなことが楽になっていきます。心理療法で取り組もうとするのは、もともと彼女の中に深く存在していたこのテーマが「変化」することなのです。
“腹六分目”で夫と付き合うようにすれば、その分二人の関係が浅くなるので、夫に対する激しい嫌悪は感じなくて済むようになりますが、彼女自身の改善すべきテーマからも離れていってしまいます。いつも残りの四分の気持ちを腹に溜めていると、自分でもその気持ちに気づかないようになり、結局自分自身とも“腹六分目”で付き合うようになってしまうのです。
■人は『体験』をすることによって変化する
それでは変化はどのようにしてもたらされるのでしょう。
自分を変えようと思うとき、ほとんどの人はまるで問題集を解いていて、「なぁんだ、こうやって考えればこの問題は解けるのか」と気づいたときのような『答え』を探そうとします。そして、たくさんの本を読んだり、誰かに「どうしたら良いのでしょうか」と答えを求めたりします。それを何年も続けて、たくさんの答えを見つけたにもかかわらず変われない人がいます。ところが、本も読まず、誰からも『答え』を教えてもらったわけでもないのに、大きな変化をとげる人もいます。この違いは何なのでしょうか。
人は『答え』ではなくて、『体験』をすることによって変化するのです。
特に、人間関係で辛い体験をすると心が傷つき、人に対する見方や感じ方がそれまでとは大きく変わってしまいます。「私は、生まれたときから暗いんです」という人がいましたが、公園の砂場で遊んでいるヨチヨチ歩きの子どもを見ても、暗い子はいません。その人が育つ過程で何らかの体験をすることによって、変わるのです。そして、そうなってしまった状態から抜けて、生きるのが楽になるように変化するには、やはり体験が必要なのです。
ある体験をして何かを強く思いこんだとき、無意識の中では、例えば「夫が嫌だ」というような言語的な考えの形態で思っているのではありません。それを強く思いこんだときの体験を(ひょっとしたら、夫ではなくて父親との体験かも知れません)、そのときの情景、そこで聞こえている音、体が感じている感覚、匂いや、味という五感の感覚として思いこんでいるのです。『身体が思いこんでいる』といってもいいかも知れません。
だから「夫を受け入れなさい」と、考えを伝えるような言葉の使い方でアプローチをしても、その人の五感の感覚としては夫を受け入れたくない感覚を感じているので、言葉が空振りになってしまいます。考えを変えることで、五感の思いこみを変えようとしてもうまくいかないのです。
以上のような理由から、本を読むことや、誰かに『答え』を教えてもらって、深く納得したとしても、人間はなかなか変われるものではないのです。しかし、本を読んでいてなぜかある言葉が強く心に残り、何時間も涙が止まらなくなってしまったという体験をしてから、心が楽になったという人もいます。たとえ活字からでも、その人の五感が何かを強く感じるような体験をしたならば変化します。
カウンセラーはあえて答えを与えないことで、クライエントが自分で、「考え」ではなく「感覚」としての答えが心の中から浮かんでくるという体験をしてもらうのです。
■ある体験をするだけで、他のすべてが気にならなくなる
ヒプノセラピーの特徴は、催眠状態を用いることで、クライエントに心の中でさまざまな体験をしてもらうことができることです。そのときの情景が見え、聞こえ、体感し、匂い、味わうという五感の感覚をともなった体験を、居ながらにして再体験してもらうことができるのです。これは現実の体験ではありませんが、その人の心の中にもともとあったものが、無意識の思いを受け取りながら再構成されて出てくるので、心にしっくりとくる、ある意味で本人にとっては現実よりもリアルな体験と言っていいかも知れません。
以前、前述の人生相談と同じように、「顔を見るのもいやだ」と、夫への嫌悪感に悩んでいるクライエントがいました。セッションのなかで、夫の顔を思い浮かべてもらいながら、彼の態度や気になる言葉などについて話してもらっているうちに、彼女は催眠状態に入っていきました。そして、夫への溜め込んでいた思いが、五感の感覚をともなった感情となって表現され始めました。そして、その思いは自然と彼女の父親への思いと重なっていきました。
「毎日、お母さんとケンカばかりして、口の立つお母さんにやりこめられると、最後はいつもお母さんを殴って、家を出て行ってしまう。お父さんは、ひどい!」
彼女の口から出てきたのは、父親への激しい憎しみでした。普段物静かに語る彼女でしたが、そのときはまるで炎のようになっていました。そして、どれくらいの時間が経ったでしょうか、憎しみの炎が次第に静かになっていくと、幼い頃、父親に遊園地に連れて行ってもらって、そこでオンブしてもらって歩いている情景が浮かんできたのです。
そのときに見えていた遊園地の乗り物と、幼い自分のことを「かわいいなぁ」と言いたげに振り返る父親の優しい眼差し。聞こえているウキウキするような音楽と、自分に話しかける父親の声。そして父親の背中の温もりと整髪料の匂い…。それらの感覚が一度に押し寄せてきて、彼女は嗚咽が止まらなくなりました。「私は、お父さんに愛されている」という実感で胸がいっぱいになりながら。
「自分の中に、父に対するこんなに激しい感情があることに驚きました。でも遊園地での出来事を改めて体験しただけで、他のすべての思いが気にならなくなりました。あれ以来、夫のことも、不思議と優しい気持ちで見られるようになったのです」。
後日、彼女は静かに微笑みながらこのように語ってくれました。
人は体験によって傷つき、また、体験によって癒されます。私が目指している理想的な心理療法とは、セラピーを続けていくうちに、その人が「それだけは絶対にやりたくない」と思っていたこと(彼女の例で言うなら、『大嫌いな夫を許して、深く愛してしまうこと』)が、特に意志の力を使って頑張ったわけではないのに、自然と気にならなくなっていき、気づいたらそうしていた、というようにクライエントの心が無理なく、自然に変化していくことを体験によって手助けすること、と言ってもいいかも知れません。
本サイトの著作権は中島勇一に帰属します。
本サイト内に掲載されている画像・文章等、全ての内容の無断転載・引用を禁止します。
▲ ページトップへ
Copyright 2005 H・E・A・R・T All rights reserved.