日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2005年5月1日

「使わない方がうまくいく」

 先日テレビで、古武術研究家の甲野善紀さんが、母校の小学校を訪ねて、後輩の小学生に身体技法を教えるという番組を放送していました。

 その中で、人の体を抱き上げるときに、両手の親指、人差し指と小指を、宙に立てたままの状態で抱き上げると、ウソのように軽々と持ち上げられるという実習をやっていました。

 驚きの声をあげる生徒たちに、甲野さんは「人間は、あちこちに筋肉がある。これは、あちこちにエンジンがあるみたいなもので、なかなか操縦がむずかしい。普通にすべての指を使って抱き上げると、腕の筋力で上げようとしてしまうので重いものも、指を立てることによって、腕の筋肉を使えないようにすると、胴体の筋肉を使うことになるので、軽く持ち上げられるのです」と説明していました。


■意思の力を使わないことで、別の力を使うことができる


 「使うよりも、使わない方がうまくいく」という法則は、心の世界でもあてはまる部分があります。普段当たり前のように使っている考えや思いを使わないようにすることで、よりスムーズに本来の目的に辿り着くことが出来るようになるのです。

 たとえば妻子ある男性との不倫に悩んでいるA子さんの場合、「こんなこと、いつまでもやっていても仕方がないから別れよう」、「でも、彼のことを忘れることができない」、「やっぱりこのままじゃダメだから別れよう」…。

 彼の不誠実な態度に対する腹立ちを語ってみたり、でも会いたくて仕方ないという気持ちを語ってみたり、心は堂々巡りをしています。まさに、「人間の心の中にはいろいろな思いがあって、あちこちにエンジンがあるみたいなもので、なかなか操縦がむずかしい」というわけです。

 こうした場合、私たちが状況を乗り越えるために使おうとしてしまうのは、意思の力です。しかし、意思の力を使わないようにすることで、まったく別の力を使うことができるようになるのです。

 「彼とはもう別れるんだと思うと、どんな気持ちになりますか?」と質問すると、A子さんは「ほっとした気持ちになります」と答えました。

 「それはよかったですね。そしてそのあとは、どんな気持ちになりますか」

 「苦しくなってきます。そして彼に会いたくなります」

 ここで、「会いたくても、意思の力を使って会わないようにしましょう」と言う代わりに、「苦しい気持ち」に焦点を当てていきます。すると、A子さんの場合は、自分の父親に受け入れてもらえないと感じた、幼い日の淋しさに辿り着きました。父親に受け入れてもらえない淋しさを持っている人は、妻子ある男性に心惹かれて、自分の淋しい気持ちを埋めてもらおうということがよくあるのです。

 「彼と別れよう」と頑張っていたA子さんは、「お父さん、私を受け入れてください」という自分の中に深くしまいこまれていた感情に辿り着いていきました。この気持ちがあるから、意思の力で彼と別れようとしても、別れられなかったのです。

 A子さんには、さらにその下にある感情に意識を向けていってもらいます。ここには大変な心の苦しみがあったので、少し時間がかかったのですが、そこには「お父さんを愛しく思う」気持ちがありました。

 ここに辿り着くと、A子さんの心に劇的な変化が起こり始めました。父親への怒りや恨み、そして、今付き合っている彼へのさまざまなネガティブな気持ちが溶けていき、今までA子さんの中で凍り付いていた「愛する気持ち」が一気に溢れてきたのです。

 その力を使うことで、自分自身を愛しく思うことができるようになった彼女は、「今まで『彼を愛している』と思っていたのは、実は『愛に飢えていた』だけでした。彼から愛をもらおうとしがみついていただけだったことに気がついて、可笑しくなりました」と微笑んでくれました。

 このように、普段使っている意思の力を休ませて、別の方向に意識を向けていくことで、「不倫」という一連の状況下で、A子さんを陰から強く動かしていた「父親を愛する気持ち」に辿り着きました。そして、その力を使うことで、愛情に対する飢餓状態から抜けだすことができたのです。


■子供の自分に気づくと、その子を見守る自分が出てくる


 このように感情にフォーカスをしていくことは、普段自分をコントロールしようとしているタイプの人には、感情の下に隠れている、強い思いの力を使うことができるようになるので有効です。

 しかし、普段から感情に振り回されてしまいがちな人もいます。このタイプの人は、A子さんと同じ状況になった場合、彼を手放そうとしてもどうにもならず、毎日泣きながら彼に電話をする…、などということになりがちです。こういう人は、普段は立派な大人なのですが、ある場面では子供に戻ってしまうわけです。そして子供に戻っている時は、まさにその人が傷ついたときの年齢に戻ってしまっているのです。そして、そのときの反応パターンを繰り返してしまうのです。

 こういう人の場合には、まず、泣いている自分が、子供の自分になっていることに気づいてもらうことが大切です。意思の力を使って大人の自分になってもらうというよりも、ただ、子供に戻ってしまっている自分に、気づいてもらうだけでいいのです。そうするうちに、感情に振り回されているときでも、「今の私は大人ではなくて、子供の私が出てきているんだ」、と自覚できるようになります。次第に、これを自覚している自分の感覚がはっきりと感じられていきます。やがて、子供の自分が出ていても、それを自覚している自分も同時に存在しているようになってきます。この自分は、今の大人の自分よりも、もっと成熟した自分なのです。

 大人の彼女は、「子供の自分は淋しいという気持ちばかりにとらわれているので、大人の自分が頑張って彼への執着を手放そうとするのです。でも、必死に手放そうと思っていると、つらくなってきて、子供の自分になってしまいます。どうしていいのかわかりません」と言っていました。

 どうしていいか、わからなくてもいいのです。大人の自分は答えを持っていないのです。何とかしようと思わないでください。子供の自分を抑えるという意思の力を使わずに、その子に気づいていてあげることで、見守っている自分が出てきます。自分の中にある悩みに振り回されていない部分、本来の自分の生き方をしている部分の力が出てくるのです。そして、その部分と淋しがっている部分との間では知らず知らずのうちにコミュニケーションが進められていきます。


■問題から抜けだそうとするほど、問題にパワーを与えてしまう


 意思の力(意識的な努力)を使ってしまいがちな人にはそれを止めようとせず、そうしているときの感情の方に心を向けていきます。感情にはまりがちな人にもそれを止めようとせず、そのときの年齢に意識を向けてもらっていきます。

 どちらの場合も大切なのは、それを止めようとしないことです。問題から抜けだそうとすればするほど、無意識のうちに問題に気持ちが向いていって、問題そのものにパワーを与えることになってしまいます。自分が行きたい方向と逆に働く力を生み出してしまうのです。

 私は子供の頃、夏になると近くにある流れの速い川に飛び込んで、流されていく遊びをしていました。流されないように必死で岩にしがみついているときは、水がすごい力で流れてくるのを感じます。でも、その水と一緒に流れているときには、不思議と水の流れは感じません。私はただ浮いているだけの感覚で、景色だけが動いていきます。

 流れに逆らっているときには思い通りに動かせなかった体も、流れに乗ると自由になりました。川から出たくなったときにはいつでも、ただ水に流されながら、岸に近づいて行けばよかったのです。
 

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