日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
2005年7月1日
「鏡に映った自分をもう一度見つめ直してみませんか?」
「鏡」って、不思議ですね。
洗面台で歯を磨いていたら、2歳の娘がやってきて、「遊ぼ、遊ぼ〜」と言いました。「後でね」と言っても、「イヤ!遊ぶ〜」と聞きません。機嫌を直してもらおうと抱き上げると、彼女は鏡に映った自分の顔に気づきました。不満そうな表情の自分を見ているうちに、グスンと泣きそうな表情になってきました。泣きそうな表情の自分を見ていると、余計に悲しくなるようで、ますます泣きそうな表情になってきて、鏡を見ながら涙を流し始めました。そして、涙を流している自分を見ていると、もっと悲しくなってくるようで、とうとう声を出して泣き始めました。
■投影とは
心の深いところにある自分の気持ちが、周りの誰かに向けて映写機のように映し出されて、自分ではなくてあたかも相手がそういう気持ちを持っている人物のように見えることを「投影」といいます。スクリーンのように、相手に自分の気持ちが映って見えるのです。投影には、ポジティブな投影とネガティブな投影があります。
A子さんはひどい音痴なので、歌うことは好きではありません。でもなぜか、友達のB子さんが上手に歌を歌うのが気になります。この場合、A子さんは自分では気づいていませんが、何らかの音楽的素養があって、それが身近にいる音楽の得意なB子さんに投影されて、「B子さんは素敵だな」と思えるのです。これはポジティブな投影で、自分の中にはないと思っている良いものが相手に映し出されています。
C子さんはいつも控えめな態度の女性です。彼女は、同僚のD子さんが上司の前ではころっと態度を変えて、素直で可愛らしく有能に見えるようにスタンドプレーをしていると思えてなりません。最近では彼女の姿を見るだけで心が落ち着かなくなります。この場合、C子さんは自分では気づいていませんが、「上司に認められたい」という強い気持ちがあって、それがD子さんに映し出されて見えているのです。これはネガティブな投影で、自分の中にはないと思っている嫌なものが、相手に映しだされています。
このように投影は、自分では気づかない意外な側面を、相手が鏡のようになって映し出して見せてくれるのです。
■シャドー(影)
ポジティブな投影は、日常生活の上で特に問題になることはないのですが、ネガティブな投影の場合は、相手との人間関係が悪くなってしまう恐れがあります。中でも、絶対に受け入れられないと思う程の嫌な側面を相手に投影している場合、その嫌な側面のことをシャドー(影)と呼びます。
シャドーはどうしてできるのでしょう。子供の頃の私たちは、生きる力のおもむくままに、さまざまな気持ちを抱き、それをストレートに表現します。それが相手から受け入れられずにつらい思いをすると、その気持ちに「悪い子」のレッテルを貼ります。そして、その気持ちが出てくるたびに、それを責めて、追いやろうとします。
例えばあなたが「疲れたから、のんびりしたいな〜」と思ってくつろいでいるときに、思いがけず誰かから「怠け者だ」と責められて、本当につらい思いをしたとしましょう。あなたは、もうこれ以上傷つかないようにするために、自分の心の中にある「のんびりしたい」という気持ちを「怠け者だ」と自分で責めるようになります。そして自分に「もっと頑張れ」と押しつけます。責め続けられたその気持ちは行き場がなくなってしまい、意識から切り離されて心の奥の方へと追いやられてしまいます。この切り捨てられた部分が「シャドー」です。
シャドーが意識から切り捨てられ抑圧されると、意識では「自分には怠け心がなくなって、『もっと頑張れ』という気持ちしかない」と思います。でも実際には、「のんびりとしたい」という気持ちは押さえつけられたので、余計に強くなっています。それを無意識のうちに責め続けて抑圧しているので、自分では気づいていないだけなのです。
あなたは、自分の周りの「のんびり」している人のことがとても気になります。「のんびりとしたい」と思っている自分を気づかずに責めている人は、実際に「のんびり」している人を見ると無性に腹が立つのです。
あなたに怠け者のように見えるその相手は、鏡のようにあなたを映し出しています。本当は自分の中に「のんびりしたい」という気持ちがあるのを、教えてくれているのです。
相手を責めると、鏡に映っている自分の「怠けたい」気持ちを責めることになり、その気持ちはさらに深く抑圧されてしまいます。すると、あなたはますます周りの人を「怠け者だ」と責めたくなるのです。そして「のんびりする」ことのできない人間になって、ひたすら頑張り続けるようになってしまいます。
人間関係でなにか問題が起きたときは、「自分のシャドーが投影されているのではないか?」と思ってみましょう。この姿勢を忘れないようにすると、問題は必ず良い方向に向かって行きます。しかし多くの人はそのことに気づかないままに、シャドーが投影された相手を責めてしまいがちです。すると、遠い昔自分の中で切り離された気持ちは置き去りにされたままになってしまい、たとえその相手がいなくなっても、また同じ問題が違う人を相手に起こってくるのです。シャドーを責めることでは、問題を乗り越えることはできません。
シャドーは本来、良いも悪いもない中立の気持ちです。単に「のんびりしたい」と言う気持ちだったのが、誰かに責められて傷ついたので、「怠け者」と、「頑張る」の両極に分かれてしまったのです。そして自分の中の「怠け者」を責め続けることで、ますます両極に分かれていきます。意識では「私は頑張る人間だ」と強く思っていても、無意識の中には「怠けたい」という気持ちがあるのです。この二つに分離した自己を統合していかなければ、あなたはどこか虚しさを感じながらも頑張り続けて燃え尽きるか、なぜかあなたの周りに次々に出現する「怠け者」たちに、はらわたが煮えくりかえる思いをする日々を送るか…ということになります。この不毛な堂々巡りに終止符を打つには、投影している相手に向かって、「拒絶して、責める」ことと反対の対応をすればよいのです。そうすれば、あなたに休息が必要でのんびりしたいときには、肩の力を抜いて心からリラックスでき、ここぞという頑張りどころでは実力以上を発揮できるようになるのです。
1.まず最初に、その人を思い浮かべてみて、その人の気になる部分(怠け者)を、「これは自分の中にあるものなんだ」と思ってみます。こんな嫌な部分が自分の中にあるとは思えないでしょう。そういうときには、自分の中にあるという振りをするところから始めるてもいいですよ。
2.「この人はどのような気持ちがあるから、こういう言動をするのだろうか?」と、相手の身になって考えて、思い当たる気持ちを探ってみます。
3.「そうか、疲れたんだね。だから怠けたいよね」と、その気持ちを理解しようとしてみてください。
4.その気持ちのポジティブな面を探します。「怠けたい」気持ちならば、「心と身体を休ませてあげたい」気持ちですね。
5.「休みたい気持ちは大切だよね」と、その気持ちを認めてあげます。
6.「休んでもいいんだよ」と、その気持ちを受け入れてあげます。
7.その気持ちを暖かく包んであげましょう。
これは、投影の相手をとっかかりにして、自分の中の切り捨てられた部分に対して、
☆相手の身になって考えてあげる
☆理解してあげる
☆ポジティブな面を探す
☆認めてあげる
☆受け入れてあげる
☆暖かい気持ちで包んであげる
という気持ちを与えてあげていることになります。
あなたの気持ちを与えることによって、冷たく切り捨てられた部分が息づいてきて、もう一度あなたの中に取り戻されてきます。
■与えること
あまりにも腹立たしくて、シャドーを投影している相手に与える気持ちにならないときは、誰でもいいのです。ささいなことでいいから、あなたの暖かいハートを与えてみてください。
心が傷ついていると、自分の辛い気持ちだけで手一杯になって、それを何とかすることが一番重要なことになってしまいます。自分の気持ちを最優先に扱ってほしくなります。「私の気持ちはどうなるの」「私の気持ちをわかってよ」「私を認めてよ」「どうして私を愛してくれないの」と、相手から求めようとする気持ちが強くなります。自分の意識が心の内側の暗闇に向いていくだけでなく、周りの人にも自分の内側の闇に注意を向けてほしくなります。そして、関心、同情、なぐさめ、優しさ、愛情、などを得ようとします。でも、もらっても、もらっても満たされません。満たされるどころか、もらえばもらうほど、もっとほしくなります。
「ちょうだい。ちょうだい」と、まるで心の内側にあるブラックホールに、すべてのものがすごい勢いで吸い込まれているみたいになって、ベクトルが全部内側に向いてしまっている状態です。もらっても満たされないのですが、あなたが望んでいるものを周りの人たちが与えてくれないのはもっと苦しい、見捨てられたような気持ちになります。
ここから抜け出すには、あなたの方から誰かに与えることです。どんなにささいなことでもかまいません。思わず与えたくなってしまう対象を見つけて、あなたの真心、ハートを与えてください。淋しそうな友人に絵はがきを書いてあげる、心から幸せを願ってあげる、ペットにおいしいものをあげる、それでもかまいません。それによって自分の内側から外に向かう流れを作ることができるからです。その流れにあなたの気持ちを乗せることによって、はまりこんでいたブラックホールから抜け出すことができるのです。そして、抜け出すだけではなく、誰かに与えることは、鏡の中にいる自分自身に与えることです。誰かに心から何かを与えた後に、ほのかな暖かさが胸のあたりに拡がってくる体験をしたことはありませんか? 与えることで、受け取ることができるのです。このようにして、切り離されていた自己(シャドー)がいつの間にか統合されて、あなたの中の可能性の扉の一枚が、また新たに開かれていくのです。
太古の昔、人間はすぐれた知能と手先の器用さで、鏡という道具を産み出して、さまざまに使いこなして来ました。人間関係の中で現れる「投影」という心の働きは、人間関係を成長させ、自分自身をも成熟させてくれる、とてもすぐれた道具となり得るものです。果たして私たちは、「投影」という目に見えない鏡を、どれだけ使いこなして来たでしょうか。
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