日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2005年9月1日

「執着は手放せるのか」

 みなさんは今までの人生のなかで執着に苦しんだことはないでしょうか。それが人への執着であれ、物や行為への執着であれ、誰でも経験があると思います。


■執着は弊害をもたらす


 人は生きていれば、何かに心惹かれてそれを求めるものです。求めることは生命が本来もっている「より良くなろう」という性質です。そして、そのようにして手に入れてきたものも多いですよね。ですから、「なぜ何かに執着してはいけないの?」と疑問に思う人もいることでしょう。

 しかし、「今あなたの手に入っていて、人生にバランス良く調和しているものは、あなたが執着していなかったからこそ手に入っているのです」、と言ったら驚かれるでしょうか。

 執着は、「これがなければ、自分は幸せになれない」と勘違いして、それにしがみついている状態です。執着している対象を求める気持ちが強くなるにつれて、「これがなければ人生おしまいだ」という恐れに突き動かされるようになります。

 もし、恐れに振り回されていない自然な心の状態ならば、心が引き寄せられる魅力的なものにめぐり会っても、「なければなくても心に苦しみが起こらないし、あればあったでより人生を楽しめる」と思えるものです。それが人生にとって良いものを探すということでしょう。

 恐れが強いと、求める気持ちがますます強くなります。執着している対象ばかりを求めすぎ、自分の心の中にある大切な気持ちが後回しになったり、身体とのバランスが崩れて苦しくなってもやめられません。また、自分の周りの人たちや環境とのバランスが損なわれて、誰かが傷ついたとしてもお構いなしにそれを求め続けます。

 この最も典型的な例が三角関係でしょう。

 相手に執着している当事者の多くは、自分の感情を真実の愛と思っています。真実の愛は、苦しみを伴いません。三角関係は遅かれ早かれ、必ず誰かが苦しむ状況になります。

 たとえ三角関係であっても、相手が真実のパートナーである可能性は否定できませんが、執着で心がいっぱいになっている状態では、健全なパートナーシップを維持することができません。相手に対する執着があると、失うことへの不安と恐れをいつも感じているので、それが二人の関係に影を落とすことになるからです。

 また、人のパートナーを奪ったり、自分のパートナーを裏切ったりすることは、『原因と結果の法則(カルマ)』がどのような作用をもたらすのかはともかくとしても、心理的な影響としては、知らず知らずのうちに「自分がやっているのと同じことを他人もするだろう」という気持ちが働くので、自分以外の人に対して「奪われるのではないか、裏切られるのではないか」という不安を常に感じるようになります。だから、自分以外のものに心を委ねられなくなります。つまり、エゴが強く働いている状態になって、無意識(エゴにとっては自分以外のものです)とのコミュニケーションが取りにくくなるのです。すると、心の奥にある大切なメッセージを受け取れず、自分の浅知恵だけが頼りになってしまいます。

 また、三人のうちの誰かが脱落して、残った二人で幸せになったとしても、無意識のなかに「これは誰かが傷つくことで手に入れた幸せだ」という罪悪感が気づかぬうちにはびこっていきます。すると、せっかく手に入れた相手になぜだか以前ほど魅力を感じなくなってしまうというようなことが起こるか、もしくは罪悪感を感じないようにするために、人の痛みに鈍感な生き方になっていきます。


■執着は求めるものを遠ざける


 あきらめないで、強く求め続けることで願いが叶うと思っている人は、執着と混同しがちです。

 願望実現の基本は、「それをすでに手に入れて楽しんでいる状態を思い描く」という非常にポジティブなものなので、ポジティブな現実を引き寄せてきます。

 しかし、強い恐れとともに何かを求めている心理状態(=執着)は、強く心配しているような状態です。強いネガティブな想念はネガティブな現実を引き寄せ、ポジティブな現実を遠ざけてしまいます。誰かに強く執着していると、その相手は離れていってしまうのです。

 表面では「こんなに愛しているのに、どうして…」と言いながら、「ずっとそばにいてくれないと私は不幸になってしまう。私のことだけを見て。私を見捨てないで」という強い恐れに突き動かされてしがみついてくる相手からは誰でも離れたくなりませんか。執着している側は「愛している」と言いますが、執着されている側は「お願いだから自由にしてほしい」と言います。

 執着していない人は魅力的ですが、しがみついている人はどんどん魅力がなくなっていき、求めるものを引き寄せる力を失ってしまいます。

 執着を手放したとき、求めていたものが受け取りやすくなるのです。例えば、あなたが恋人に執着しているとき、「その人と一緒になることで得ようとしているものは何だろう」と自問してみます。相手と一緒にいることで時折感じる深い安心があなたを魅了するのならば、あなたが求めている本質的な要素は、相手その人ではなく、「深い安心」です。たとえ恋人と永遠の愛を誓って結婚しても、恐れから執着していると「深い安心」を感じることはできません。形だけ手に入れても、本質的な要素が満たされないので、いつまでたっても心から満足するということができないでのす。

 執着を手放すと、本当に求めていた本質的な要素=「深い安心」を受け取れるようになります。しかしこの本質的な要素は、執着していた恋人を通して受け取るのか、それとも他の人を通して受け取るのかは、わかりません。もしかすると、自分ひとりでも「深い安心」を感じられるようになるのかも知れません。いずれにしても、あなたに最もふさわしい形で、最もほしかったものが受け取れるようになるでしょう。

 不妊治療で、何年も必死につらい治療を頑張ってきた結果子供を授かることのできなかったカップルが、「もう子供はあきらめて、これから二人でより幸せな人生を歩んでいくことに心を向けよう」と治療をやめたら、すぐ妊娠したというケースは決して稀ではないそうです。医学的には不妊治療のストレスがなくなったからホルモンが正常に働くようになって妊娠したと言うのかも知れません。これを心理面から見ると、執着を手放したとき、その夫婦に最もふさわしいことが起こったのです。子供という形で受け取る夫婦もいれば、それ以外の形で受け取る夫婦もあります。どちらの場合も、恐れから自由になったときに、自分たちにとって真実の形の幸せを受け取ることができるのです。


■傷が癒えるとき、ひとりでに手放されていく


 何かに執着しているとき、勘違いしてしまいがちなことがあります。

 苦しみは執着から来ていると考えてしまいがちですが、もともと心に傷(喪失感 欠乏感、不安、恐れ)があるから苦しいのです。苦しいから目の前の心惹かれるものにしがみついてしまっているのです。それにしがみついていると、傷の苦しみを感じなくなる気がするのです。しかし、もともとの心の傷が癒されたわけではないので、執着を手放そうとすると、せっかく見つけた安心感がなくなって、もとの苦しい状態に戻ってしまいます。だからいつまでたっても執着を手放すことができません。

 心の傷があるところには、必ず執着があります。

 何かに頑固にこだわるという執着は、被害を受けたときの傷なのです。「恋人さえいれば幸せになれる」と誰かを追い求める執着は、喪失による傷です。傷があって苦しい分だけ、相手に強くしがみつきます。心の傷が癒されると、執着はひとりでに手放されていきます。そして人生に自然な流れが戻ってきて、あなたによりふさわしいものにめぐり会っていくのです。
 

■執着は、手放そうと思っても手放せない


 ですから、執着は、意志の力で手放そうと思っても手放せない仕組みになっています。なぜなら、執着は意志の力の及ばない無意識にある心の傷に由来しているからです。意志の力で何かに対する執着を手放すことができたという場合は、癒しが進んであと一歩のところまで来ていたか、傷がそれほど深くなかった場合です。執着は自ら手放すことはできません。心の傷が癒された結果、自然に起こることなのです。

 逆にいうと、傷の癒しがなくては執着を手放すことはありえないことです。「手放す」という言葉をいくら自分に言い聞かせて意志の力でやろうとしても、たとえ切り捨てることはできても手放すことはできません。かえってうまくできない自分を責めることになったり、無理に切り捨てることで、新たな傷をつくってしまったりします。

 最初に書いたように「なぜ何かに執着してはいけないの?」と多くの人が誤解してしまうのは、より多くのお金を得ることができる能力を獲得することで幸せになれるとか、素敵なパートナーと結婚することで幸せになれるという、私たちが小さい頃から教育されてきた、「何かより良いものを獲得することで、もっと幸せになれる」という観念と、「何かを手放すことで、真実に近づく」という法則とが真っ向から対立するからです。

 獲得するばかりが人生の栄光ではありません。人生では、望んでも決して手に入らないものがたくさんあります。さらに、人は誰でも病気や老いによってたくさんのものを手放していかざるをえません。そして最後は、誰でも平等に「死」によって、すべてを手放していくのです。

 人は手放さなくてはいけない何かに遭遇するたびに、心の傷がうずきます。そしてそれが癒されることで、執着から自由になっていきます。そのとき、「求めて、獲得すること」からは決して学ぶことのできなかった大切な何かを学ぶのです。


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