日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2005年12月1日

「幻と現実が溶け合うとき」

 幼児は「ごっこ遊び」が大好きです。

 一緒に遊んでいると突然、「ママはドキンちゃん。パパは?」と始まります。どうやら自分はアンパンマンになっているつもりです。私が「パパは天丼マン。えーん、えーん、助けてー」と泣いてみせると、「どうしたの、アンパンマンがきたよ!大丈夫だよ。はいっ」と手のひらを差しだしてきます。何もない手の上には、お菓子が乗っているつもりなのです。「もぐもぐ」と食べてみせると喜んでいます。ひとりで遊んでいるときにも、ひとり二役で声色まで使い分けて「助けてー、助けてー」「もう大丈夫だよ」とやっています。アンパンマンや天丼マンになって会話をしているのです。

 白紙のままで生まれた子供は、この世はどういう世界なのかということを、体験を通して自分の中に取り込んでいきます。そして自分の体験には自ずと限りがあるので、「ごっこ遊び」という架空の物語の中で、自分ではない他者になることで、何らかの実感を味わっているのでしょう。その実感とともに、彼らは外側の世界を自分の中に取り込んでいるのです。


■過去の幻を現実に映し出して見ている


 しかし私たちは、機械のように「事実のみ」を自分の中に記録することはできません。

 初めて犬と出会ったとき、その犬が人なつっこい犬で、一緒に仲良く遊んだのなら、そのとき感じた「嬉しい気持ち」と共に、「犬と」いう存在を記憶します。でも、犬に吠えられたり噛みつかれたりして、恐い思いをした子供は、「恐怖」の感情と共に「犬」という現実を記憶します。

 つまり、それを体験した時に感じた感じ方によって、現実の受け取り方が違ってしまうのです。

 ですから、たとえ複数の人が同じ現場に遭遇したとしても、一人ひとりが、それぞれ微妙に異なったニュアンスで、その「現実」を心の中に取り込みます。その時点で、すでにその記憶は「『現実そのもの』ではないもの」になっているのですが、私たちの心の中に、あたかも現実そのもののような実感を伴った記憶として焼き付いているのです。

 この心の働きが、その後のその人の行動パターンに大きな影響を及ぼすことがあります。

 例えば、小さい頃に父親から虐待されて、大人になっても男性がそばにいると緊張してしまう人がいます。父親にいじめられたのは遠い昔の出来事なのに、未だに怯えているのです。目の前にいる男性が虫も殺さないような優しい人だとしても、心の中にある父親の幻が、現実の男性に重なって感じられてしまうのです。

 私たちは現実そのものをみているのではなく、過去に取り込んだ心の中にある世界を、幻のように現実に映し出して見ています。


■「考え」では気持ちを変えられない


 では、自分の周りが楽しい世界になるようにするにはどうしたら良いでしょう。目の前の現実はどうであれ、自分の気持ちを楽しく変えれば良いのですが、気持ちを変えようとしても簡単には変わりませんよね。それは、気持ちを変えようとして、多くの場合、考えを変えているだけだからです。考えは言葉でできているので、自信のない人が「自信を持とう」と考えることはできます。でも頭でそう考えたところで、たちまち自信に満ち溢れた気分になる…というわけにはいきません。

 気持ちや気分は、心のなかで上映されている幻の物語から感じられてくるものなのです。

 先ほどの例で言うと、『男性が自分の近くにいること』がきっかけとなって、『小さくて無力な自分が、恐ろしい父親に虐待される』という物語が、無意識のなかで上映され始めます。するとその人は、目の前にいる男性がどういう人であれ、恐怖心でいっぱいになって、ガチガチに緊張してしまうのです。そのせいで恋愛がうまく行かなかったり、結婚できなかったり、日常生活のなかでさまざまな弊害が生まれてくるのですが、自分では自分の気持ちをコントロールすることができません。

 多くの人は、自分の行動パターンの原因となっている出来事がわからないまま、「自分はこういう性格だから」と思っています。しかし、たとえ原因がわかったとしても、それだけではなかなか行動パターンを変えることができません。「考え」では気持ちを変えることができないからです。

 心のなかで上映されている幻の物語のストーリーが変わることによってのみ、気持ちを変えることができるのです。それには、他愛もないと思われるかも知れませんが、「ごっこ遊び」のように架空の物語のなかで、自分の心が楽になるようなストーリーを演じてみることが大変有効なのです。


■“話したい自分”を“話させない自分”が抑えている女性


 先日おこなったグループワークで、シェアリング(自分の抱えている問題を話すこと)のクジを引いたら、A子さんという名前が書いてありました。初めての方の名前だったので、誰だろうと思って名前を呼ぶと、列の中央のあたりからよく聞き取れない返事があります。どの人かなぁと思ってもう一度呼んでみると、かすかな声が聞こえます。

 「このあたりから聞こえたんだけどなぁ」と言ってみると、突然、若い女性が泣き出しました。「どうしたの」と聞いても、右手で押さえた口からくぐもった激しい泣き声が聞こえるだけです。どうやら、自分は返事をしていたのに相手に上手く伝わらなかったことで、抑えていた問題が強く浮き上がってきて、直面することになってしまったようです。「泣きたいだけ泣いてあげてください。泣くことで何かを伝えようとしている部分があなたの心の奥にあるみたいですね」と私が言うと、彼女はより激しく泣き始めました。

 「どんな気持ちを感じているの」と問うと、何かを話そうとするのですが、右手がより強く口を塞いでしまい声になりません。時折、左手で右手を剥がそうとしますが剥がれません。

 「話したいのに、上手く話せないのですね」と聞くと、右手で口を押さえたまま頷きます。

 「あなたの中に、“話したい自分”と、“話させない自分”がいるみたいですね」と言うと、頷きながら泣いています。

 いったい何が起きているのだろうと固唾を飲んで見守っている他の参加者たちに向かって、私は話し始めました。

 「今の私はタバコを吸わなくなったのですが、昔は一日に三箱のタバコを吸っていました。三箱も吸っていると喉が痛くなるのですが、止められません。“やめたい自分”が必死でやめようとするのですが、どうしても“吸いたい自分”が吸ってしまうのです。そしてタバコを吸うたびに“吸いたい自分”を責めていました。あるとき、催眠の中で“吸いたい自分”に話しかけてみたのです。『何のためにタバコを吸うの?』と聞くと、『君がストレスでイライラしないように、吸っているんだよ』と答えてきたのです。びっくりしました。タバコを吸うことが、自分を守るためだったとは思ってもみなかったからです。でもその後で“吸いたい自分”に、『守ろうとしてくれてありがとう』という気持ちを伝えることができたんです」
 

■セラピーのなかでの「ごっこ遊び」


 次にA子さんに向かって話しかけます。

 「このグループの中の人で、あなたの心の中にいる“話したい自分”に、なんか雰囲気が似ているなぁと思える人はいませんか」と訊くと、隣に座っている女性を左手で指さします。私はその女性に、A子さんの心の中にいる“話したい自分”になったふりをしてください、と頼みました。

 「じゃあ、“話させない自分”はどの人?」と訊くと、少し離れたところに座っている女性を選びました。その女性には、A子さんの中の“話させない自分”になったふりをしてください、と頼みました。

 選ばれた二人の女性に前に出てきてもらって、“話したい自分”の役の人にはしゃがんでもらい、“話させない自分”の役の人には、その上から覆い被さるようにしてもらいました。

 「あなたの心のなかでは、こんな感じになっているのかなぁ」と訊くと、A子さんは二人をじぃっと見つめて、静かに涙を流し始めました。

 しばらくそのままで、心の中から浮かび上がってくる感覚を感じてもらっていると、実際にしゃがんでいた“話したい自分”の人も泣き始めました。私がその人の背中にそっと触れながら、「A子さん、この人になってみて。この人はどんな気持ちだろうね」と言うと、彼女は“話したい自分”を見つめて、微かに首を縦に振りながら泣いています。

 「今、ある気持ちを感じているよね。でも“話したい自分”の上に“話させない自分”が覆い被さっているから話せないんだよね。ちょうど右手が口を押さえているように」と私が言うと、彼女は泣きながら頷いています。

 私は、覆い被さっている“話させない自分”の人の肩に手を触れながら、「ちょっとの間だけ、この人に離れていてもらおうか。そうしたら話せるようになるよね」と言って、“話させない自分”の人を、“話したい自分”から三歩ほど離れてもらいました。

 「どんな気持ち」と訊くと、A子さんの右手は口から1センチほど離れて、「自分の本当の気持ちを言いたいけど、言ったら、相手に嫌われてしまう気がするんです。だから、いつも相手に合わせてしまうんです」と、ぽつりぽつりと話し出しました。

 次に私は“話させない自分”の人の肩に手を触れながら、「今度はこの人になってみて。この人はどんな気持ちだろうね」と訊くと、A子さんは「また傷ついてしまうから話さないで」と激しく泣き始めました。

 どうやら“話させない自分”は、A子さんが傷つかないように守ろうとしているようです。

 A子さんに、「“話させない自分”に何か伝えたいことはありますか」と聞くと、「撫でてあげたい」と言います。そこで前にいる“話したい自分”の人に“話させない自分”の人へ近づいていってもらい、頭を撫でてもらいます。

 それを見ているA子さんは、自分の右手を左手で撫でながら泣いています。先ほどの涙とは違い、何かが融けていくような、温かい雰囲気が広がっていくような涙です。

 前にいる“話したい自分”の人も、“話させない自分”の人を優しく抱きしめて頭を撫でながら泣いています。抱かれている側も目を閉じて静かに涙を流しています。会場で見ている人たちも、それぞれに深い部分で何かを感じて、涙を流し始めています。

 このように、セミナー形式で行うグループワークでは、ある人の問題をみんなの前でセラピーします。多くの場合、この例のように、グループのなかの人たちに、問題をシェアした人の心の内面を表す役としてセラピーに参加してもらいます。初めて見る人には、まるで子供の「ごっこ遊び」のように感じられるかも知れませんが、こういったワークを通して、その問題を抱えている人だけでなく、そこにいる人みんなの心に癒しが起こってきます。それは、一対一で行うセラピーよりもはるかに大きな癒しのパワーを生み出します。

 人が長年抱えている問題には、それなりの存在理由が奥にあります。A子さんの例で言うと、「自分を守るため」ということでした。「話したいのに、うまく話せない」という問題は、同時に、弱い自分を守ってくれるものはこれしかないと思って、A子さんが必死でしがみついている楯のようなものでもあったのです。それを手放すには相当の決断が必要です。ひとりの力ではなかなか難しく、かなり時間のかかるケースも多いのです。よく、「心理的な問題を解決するには、それを抱えてきたのと同じだけの年数を要する場合がある」などと言われる理由もここにあります。しかし、グループワークでは、その人ひとりの力のみならず、その会場にいるすべての人のパワーが、その人を優しく、力強く後押ししてくれます。その人が取り組んでいるワークを暖かく見守ってくれていること、その人の苦しみに対する共感が、今までひとりで悩んでいた孤独な心に、大きな勇気を与えてくれます。そして、その人の問題が解決されていくと、他の参加者たちの内面にあった同じような問題が、無意識のうちに、あるいは気づきと共に解決されていくのです。

 しばらくすると、A子さんの右手はゆっくりと膝の上に降りていきました。彼女は深いため息をついて顔をあげました。

 「ほっとしました。なんだか穏やかな気持ちです」。

 後日、A子さんは友達から、「雰囲気が変わったね。以前はモジモジしていたのが、話し方にキレが出てきた」と言われたそうです。

 子供の頃、私たちは「ごっこ遊び」をすることで、外側の現実を自分なりに吟味しながら取り入れてきました。その後私たちの内側で上映されている物語は、大人になった今でも、もしあなたが変えたいと思うなら、いつでも変えることができるのです。私たちが思っているほど、「過去」は変えられないものではありません。自分を取り巻くどうしようもない「現実」に支配されて、つらい日々を送り続ける必要もないのです。あなたの心のなかには、自分が生きたいと思う物語のなかで生きることを選択できる、無限の自由と強さがあるからです。


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