日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2006年8月1日

「無意識は知っている」

 ある男性から、「ここ数年セラピーを受けてきて、心は楽になってきたし、人間関係も良くなってきたけれど、経済的な面が良くなりません。仕事で成功出来るように潜在意識に働きかけるテープ教材も買ったし、精神世界系の「豊かさ」をテーマにしたワークショップにも何度か出席しました。なのに、豊かにならないのです。なぜなのでしょうか」とたずねられました。

 精神世界系の「豊かさを受け取る」というテーマのワークショップに参加して、実際にお金持ちになった人の話は、残念ながらあまり聞きません。しかし、経営者向けの「集客」をテーマにしたマーケティングのセミナーに参加して売り上げが伸びたという話はよく聞きます。これは、経営者がお金を稼ぐということにコミットメントしているからです。逆に、精神世界や癒しに興味がある人が「お金持ちになる」というテーマのワークショップに参加しても、もともとお金儲けよりも他に心を惹き付けられるものがあるので、お金儲けにはコミットメントしにくいのでしょう。

■コミットメントは雑多な気持ちをまとめるリーダーシップ


 つまり、ある目標を達成しようとするには、コミットメントという心の状態が必要なのです。人生には選択肢があふれています。その中から「私は○○をする」「こういうふうに生きる」と、一つの目標を選択したら、その他の雑多な思いに振り回されないように自分の気持ちをまとめていくのがコミットメントです。ちょうど、自分のなかにある雑多な気持ち達に対して、「この方針でやっていくからね」と率いていく強いリーダーのようなものです。色々な気持ちにいちいち心が惑わされてふらふらしていた状態が、リーダーによって一つの方向にまとめられていくのです。

 コミットメントとは、ゴールを決めてそこに意識を集中して、全身全霊でその対象に向かって積極的に深く関わっている状態です。迷いもなく、そのこと以外には心が動かされずに、バラバラな方向を向いていたベクトルがひとつの方向にまとまっている状態です。だから、物事が楽にスムーズに進んでいき、目標は達成されやすくなります。

 逆に「どうしてもこれをやらなくてはいけない」と思っているのに、他の事に心が惹かれていると、心の力が分裂・分散するので、苦労する割に成果が出にくくなります。これは、コミットメントしていない状態です。

 最初は、自我が意志の力を使って雑多な気持ちの中から一つの目標を選択し続けるところから始まるのですが、自我が一つのことを念じ続けていると、やがて潜在意識にもその思いが伝わっていきます。潜在意識とは、無意識のなかの比較的浅くて自我に近い部分のことです。念じ続けたり、イメージや暗示を使ったりして潜在意識に気持ちを伝えていくと、自我が気づいていないときでも、まるで自動操縦のようにコミットメントしたことに向かって勝手に進んでいってくれるようになります。

 意識が目標を強く願っているだけでなく、潜在意識も同じ目標に向かっていると、楽に成功していきます。だから、潜在意識に働きかける「願望実現」の手法を活用すると、明確になったゴールを潜在意識にインプットすることで、意識の力と潜在意識の力が同じ目的に向かってより集中しやすくなるのです。特に、自我が願っていることと、もともと潜在意識の中で願っていることが一致している人たちは飛躍的に成功します。意識で「お金が欲しい」と思っていて、もともと潜在意識の中でも「お金は重要だ」と思っている人は、お金というテーマでコミットメントしやすい人なのです。


■無意識が、よりふさわしい生き方へと導こうとする


 しかし、そういう潜在意識に働きかける「願望実現」の手法を使っても、スムーズに進んでいかない人もいます。その手法によって実際に成功している人がいるのだから、成果が出るまで続けようとするのだけど、どういう訳か億劫な気持ちになってきて、いつしかやらなくなってしまうのです。

 どうしてこのようなことが起きるのかというと、その人は意識ではお金持ちになりたいと願っているのですが、無意識では何か他のことに心が向いているので、やりたくなくなってしまうのです。

 一つはコミットメントの足を引っ張るようなトラウマや、ネガティブな思いこみがある場合です。

 例えば、遺産をめぐって両親と親族が争っていたというような、お金によって心が傷つくような体験をしていると、頭ではお金を儲けようと思うのに、お金のことを考えていると、何だか嫌な気分になってきて、無意識のうちにブレーキがかかってしまいます。そこにはネガティブな体験による強い恐れがあるのです。

 もう一つは、もっと自分にふさわしいことを無意識がやりたがっている場合です。

 無意識は、単なる願望実現のための道具ではありません。自我がまだ気づいていない、より自分らしく生きていくための新しい方向へと、無意識が引っ張っていこうとしていることがあるのです。自分で決めたゴールが、無意識の奥にある大きな目的や自然な流れとは違っているのです。自我が決めたゴールにたどり着かない方が、あるいは別の方向に進んでいく方が、その人にとっては自然なプロセスなのかもしれません。

 精神世界系のワークショップや気づきのセミナー等と呼ばれているものの多くは、アメリカから入ってきたものなので、アメリカの文化が背景にあります。アメリカ文化とは、簡単に言うと、「常に前進、上へ上へと伸び続けていくのが良いことだ」という文化です。

 例えば「潜在意識を使って成功する」、「経済的に豊かになるセラピー」というように、心理療法にアメリカ流のサクセスストーリーがくっついて広まっているのです。潜在意識を活用して成功しようというのは、自我の望みが叶うように、無意識を家来にしようとするようなものです。

 自我を主人公にして、無意識を家来のように従わせて成功させようとするのですが、無意識はあなたの家来に出来るほどちっぽけなものではありません。無意識には、自我とは全く違う理由や世界観、価値観で、こうなりたいと望んでいる方向があり、ときには自我の望まない方向へ向かっていくこともあるのです。

 ある女性が仕事関係の人に対して、物事を強く言えないことで自分を責めていました。ズバッとはっきり言ってしまえば済んでしまうのに、時間をかけて婉曲に納得してもらおうとする言い方しか出来ないのは、自分に自信がないからだと悩んでいるのです。彼女の自我は、ズバッと言えるようになりたいのです。でも無意識は、時間をかけた婉曲な物言いを望んでいるようです。

 そこで催眠状態の彼女に、仕事関係の人に対してズバッとはっきり言っている自分を体験してもらいました。最初のうちは望み通りに言えている自分に満足そうな感じだったのが、すぐに表情がくもってきました。みぞおちのあたりの筋肉がこわばってきて苦しいといいます。そして、周りの人たちが自分に気を使って接してきているのが落ち着かない、と言います。彼女の無意識は、相手の気持ちを考えずに常に自分の考えをはっきりと言うことは、自分にはふさわしくないことが分かっていたので、言いたくても言えない状態が続いていたのでした。

 自分に自信がないから相手に考えをストレートに伝えられないのだと思っていたのに、そうしない方が自分にふさわしいことに気づいた彼女は、以前よりももっと柔らかい落ち着いた接し方へと自然に変わってきたそうです。

 アジアには数千年も昔から、仏教を始めとした瞑想の文化があります。日本人が無意識という言葉をごく自然に受け止めているのは、仏教や座禅の影響なのでしょう。座禅は無意識と向き合うことによって、より自然な自分になるということを目指しています。無意識を使って成功してやろう、お金持ちになろうという教えではありません。そういった考え方は、アメリカ文化の影響ではないでしょうか。

 無意識を扱う心理療法の本質とは、アメリカよりもどちらかというと、このアジア的な思想に近いのです。仏教の空(くう)の世界や、老子が説いた無為自然の在り方、すなわち道(タオ)の世界のことなのです。豊かさや成功、若さや健康だけでなく、失敗や老いや別れ、病いや死すらも、その体験を通して無意識は大切な何かと向き合おうとしているのです。気づきを持ちながら、その無意識の流れに寄り添ってみようとする姿勢なのです。


■人事を尽くして天命を待つ


 誰でも幼いころは、自分の心に湧いてくる色々な気持ちに振り回されっぱなしの人生でした。そこから意志の力をつかって選択したことに集中して、コミットメントして生きることで自我が育っていきます。やがて、自我が念じ続けたことに潜在意識も協力してくれるようになり、スムーズに自我の望みが叶うようになっていきます。しかし、いつかは自我の今までの生き方とは食い違うような動きが無意識の中から出てくるでしょう。新しい、よりふさわしい流れにあなたをみちびこうとするのです。自我にとってはやっかいな問題が起きてしまったとしか言いようがありません。ほとんどの人は、今までコミットメントの力で問題を突破してきたように、無意識の新しい動きを突破しようとするでしょう。自我の特徴は、自分の思うようにしたいという強い気持ちです。しかし、無意識は自我の思うようにはなりません。それまではコミットメントが役に立っていたのですが、この状態でのコミットメントは執着となって葛藤を強めるだけです。望みのものを選択し続けるというやり方を変えなくてはなりません。それは、無意識の大きな流れが何を意味しているのか、その流れが展開していく様を見守りながらつき合ってみることです。

 「人事を尽くして天命を待つ」、という言葉があります。

 自我がまだ育ってない子供のころは自分ではできないから、やって欲しいことをただ待つ状態でした。そして自我が育ってくると、コミットメントしたことに人事を尽くすことができるようになりました。やがて無意識は、自我がやって欲しくないことをやろうとします。今までの自我の限界を超えた、よりふさわしい生き方へと導こうとするのです。このときは無意識の流れに従いながら、まるで天命を待つように、何が起きていくのかを待つような気持ちで無意識とつき合っていくのです。

 冒頭の彼は、私のこの話を聞いているうちに、「そういえば、お金のことに一生懸命になろうとしている状態は自分らしくないな」と思っていたことに気づいたそうです。彼にとっての人生の本当の価値はお金だけではありませんでした。魅力的なモノにあふれ、ともすれば成功=お金といううわべだけの価値観に踊らされて自分を見失ってしまいがちな今の世の中、彼のような人はたくさんいるのではないでしょうか。彼も自分らしい生き方をしていくうちに、自分にとってより自然に受け取ることのできるお金の入り方がついてくることでしょう。
 


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