日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2007年4月

「過剰適応」

 3歳の娘は今、"ピーターパンごっこ"にはまっています。私が朝起きるのを待ち構えていて、目が覚めるとすぐに「ピーターパンごっこしよ」と誘ってきます。ピーターパンに見立てた緑色のぬいぐるみと、フック船長に見立てた赤い人形を持ってきて、人形劇みたいな遊びをするのです。

 「パパはフックね」と赤い人形を手渡されます。私はいつもフック船長役で、ピーターにやっつけられてばかりです。

 あるとき、やっつけられてばかりいるのにも飽きたので、カゴの中にお菓子を入れて人の良いピーターを誘い込み、カゴを被せてその上に子供用のイスを乗せてピーターの人形を閉じこめてしまいました。「どうだピーター、これで手も足も出せないだろう。参ったか」。旗色の悪くなった娘は突然、初詣の出店で買ってもらった"クロミちゃん"(ちょっと不良っぽいキャラクター)のお面をかぶってきて、「フックやめるんだ」と強い眼差しでフックを睨みつけ、ピーターを閉じこめていたカゴをぶち壊してピーターを助け出してしまいました。

 驚いた私が「そんなに怒らないでよ」と普段の口調で懐柔しようとすると、「黙るんだ」と、きっぱり返してきます。お面をかぶると、いつもの娘とはまったく別人のようで「フック、あたいが相手よ」と迫ってきます。そしていつものように、フックはやっつけられてしまったのでした。


■ペルソナの働きは、外側への適応と、内側の自分を守ること


 娘は、純心で人の良いピーターのままではフックの悪知恵に対抗できなくなったので、不良のクロミちゃんのお面をかぶることでその場を切り抜けようとしたのです。

 このように、外側の状況に適応するために、素の自分とは別のキャラクターになることを、心理学では「ペルソナ」といいます。昔のギリシャの演劇が、日本の能のように仮面をつけて演じていて、その仮面のことをペルソナと呼んでいたところからきています。外側に見せる自分のことです。

 例えば、お巡りさんは働いているとき、プライベートの自分とは違う、「お巡りさん」としてのペルソナをかぶっています。上司の前では「部下」としてのペルソナ、部下の前では「上司」としてのペルソナ、お客さんの前では「店員」としてのペルソナ等々…、私たちはその場面に一番ふさわしいと思われるペルソナを無意識にかぶります。

 ペルソナは、「パーソナリティー(人格)」の語源でもあります。育ってくる過程で体験する様々な状況に適応するために身につけたたくさんのペルソナによって、人は社会的に適応した人格を作っているとも言えます。

 また、ペルソナにはもう一つの働きがあります。それを身にまとうことによって、内側のより魂に近い部分を外側の影響から守る働きがあるのです。

 もし、不良っぽく振る舞わなければならない状況にピーターのままで対応していると、外側からの影響をまともに受けて、人の良いピーターの心は不安定になってしまいます。しかし、危機的状況を乗り越えるためにクロミちゃんのお面をかぶることは、不良のキャラクターを一時的に外側に見せているだけなので、危機が去ってお面を取れば元々の純心なピーターに戻ることができます。

 私たちの誰もがたくさんのペルソナを使い分けています。私たちが日々生活していくうえで、その場の状況に合ったペルソナを使い、状況が変わったら別のペルソナに変えていくのが本来のペルソナの使われ方です。

 ところが、普段使い慣れているペルソナが、まったくそぐわない別の状況にも顔を出してきてしまうことがあります。

 結婚相談所では、小学校の先生をしている女性は、縁談がまとまるまでに時間がかかるという話をきいたことがあります。紹介された男性と話しているうちに、小学生の先生としてのペルソナがいつの間にか出てきてしまい、指示的で教え諭すような口調になってしまったり、その場を取り仕切るような振る舞いが出てしまったりして、男性のほうが引いてしまうケースがよくあるのだそうです。


■過剰適応


 また、元々の自分を出したら適応できないような状況下(例えば、良い子でいないと虐待されるなど)で長く生活していると、そこに適応するためのペルソナがどんどん大きくなって、仮面の下の自分が出てこられなくなってしまうということが起こります。本来は自分を守るためのペルソナが、自分を圧迫していきます。仮面をつけている状態が普段の自分になってしまい、元々の自分がどんな自分だったのかわからなくなってしまうのです。

 こうなると、仮面が自我の一部になってしまい、元々の自分は無意識のなかに押し込まれてしまいます。着脱自在なのがペルソナですから、自我の一部になってしまったものはもはやペルソナではなく、自我が「過剰適応」している状態です。

 A子さん(37歳)の母親は、自分の思い通りにならないとすぐ不平不満をぶちまける人で、彼女はずっとお母さんから言葉の虐待を受けてきました。そのせいで彼女は無口でおとなしい子だったのですが、母親はそんなA子さんの性格が気にくわないと、「いつも元気で笑っていろ。強くあれ」と、無理な要求をし、細かい行動にも干渉してきます。彼女は母の機嫌を損ねないよう、ずっと「良い子」で生きてきました。

 ところが二十歳の頃から身体の凝りや、頭の締め付けられるような痛みという身体症状で苦しみ始めます。ずっと原因が分からなかったのですが、数年前に心理クリニックでウツと診断されました。

 ペルソナをかぶって一時的に適応するのなら、他の場面では元々の自分に戻って気分転換をするとかで、帳尻を合わせられます。しかしA子さんのように、つらい状況に長年にわたって適応していると、元々の自分が出て来られなくなってしまいます。簡単にいうと、「状況に合わせてずっと我慢していたら、何を我慢しているのかわからなくなって、我慢していることもわからなくなって、何だかわからないけど苦しくて虚しい」という状態です。これが長く続くと、心身に不調が表れてきます。しかし、自分では何が間違っているのかわからない…。これが「過剰適応」です。


■過剰適応の3つの特徴


 過剰適応には3つの特徴があります。

 1つめの特徴は、自分が過剰適応していることに、本人が気づいていないことです。

 自分がやっていることは、「良いことで、やるべきことだ」と思っています。何かがうまくいってないのは「自分がやるべきことをやりきってないからだ。もっと頑張れば解決するのに」と思うのです。しかし、実際はもう限界以上にやっているのです。それが自分ではわからないので、身体と心が壊れるまでやり続けてしまいます。

 カウンセリングを受けるようになったA子さんは、母親の望むようにしていないと見捨てられてしまうのを恐れて、母親の言いなりに生きてきたことに気づきはじめました。「今まで自分だと思っていたものは、実は母の望んでいる私だったんですね」と言います。

 2つめは、元々の自分がどういう気持ちでいるのかが自分でわからなくなっているのが特徴です。

 母親の望む「良い子」を生きてきたのに気づいても、その下に押し込まれている気持ちは無意識の中に霞んでしまっています。だから、これからは自分を生かせる生き方をしたいと思っても、自分が何をしたいのかわからないのです。

 3つめの特徴は、元々の自分が意識の表面に出てこようとするとき、最初のうちはとても嫌な感じとして意識されることです。

 過剰適応している人の場合、つらい状況に自分を合わせようとして、元々の自分と一緒に、苛立ちや、寂しさ、やる気のなさ、虚しさなど、今まで感じないようにしてきたネガティブな感情が抑え込まれています。本来の自分を取り戻そうとすると、過剰適応するために葬り去ったそれらのネガティブな感情と一緒に本来の生き方が出てこようとします。でも、それは今までの価値観とは合わないから嫌な気持ちになるのです。

 カウンセリングが進むにつれて、A子さんは両親への怒りが噴出してきて、初めて彼らに怒鳴ってしまったそうです。この出来事のあと、対照的にウツは少し軽くなっていきました。

 しかし、自分の感情をあらわにして怒りを出すようになったA子さんは、この後母親とたびたび衝突するようになり、イライラはつのるばかりです。

 そこで催眠状態で、彼女の怒っている部分に出てきてもらいました。過剰適応する前の、本来のA子さんの部分です。

 本来のA子さんは、母親からずっと理不尽な扱いを受けてきたことについて怒りと悲しみを語り、この私をもっと大事にしてほしいと訴えました。

 一方、過剰適応している「良い子」のほうは、今までそんな気持ちが自分の中に存在していたことすら知りませんでした。

 生きるために「良い子」というペルソナをかぶり、いつの間にか本当の自分を見失ってしまったA子さんですが、自分の状態を理解し、少しずつ本当の自分を取り戻していくに連れ、「これからは(ペルソナと本来の自分と)協力して生きていきたい」という言葉が、自然に出てきました。


■今まで気づかずにやっていたことを、意識的にやってみる

 過剰適応から抜けていくときには、今までの過剰適応のやり方が出てきたり、それに反発するような気持ち(苛立ちとか、やる気のなさ等)が出てきたりします。その反発は、実は「これ以上過剰適応に任せておけないな」と、元々の自分があなたを助けに来ているのです。しかし、ずっと閉じ込められていたせいで、世間慣れしていない子供みたいなもので、怒りも洗練されていないまま出てきてしまいます。一見、あなたにとって何の助けにもならないどころか、訳もなくイライラすることで、余計に生きづらくなるような気さえします。

 心のなかのことは、わかっていてもやめられないことがあります。そういうときは、意識的にやっていくという方法が役に立ちます。「いつも周りを思いやりすぎて、自分を後回しにしているけれど、またやってしまっているなぁ」と、自分の過剰適応に気づきながら、意識的にそれをやるのです。

 別の時には、「抑え込まれてる自分がイライラしているなぁ」と、抑え込まれている気持ちに気づきながら意識的に怒るのです。

 以前は気づかぬままにしていたことを、意識的にやっていくと、自分は今こういう過剰適応をしているんだな、と気づくようになるし、そうすることで抑え込まれている自分の気持ちにも気づくようになるし、両者の関係にも気づくようになります。これを繰り返していくうちに、元々の自分が圧迫されないで、しかも外側ともうまくやっていくことができる、今までとはまったく違うやり方を、着脱自在なペルソナとして身につけることができるのです。

 これからもA子さんが少しずつ『本来の自分』との気持ちのやりとりを続けていけば、長年苦しんできたウツを抜けて、何が自分を生かせるような生き方なのかを見つけていくに違いありません。



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