日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2007年6月

「母親にしてもらいたかったように、ただ寄り添う」

 たとえば、あなたが誰かと「いい人だ、気が合うな」と、とても親しくしていたのに、些細な意見の食い違いから、「もうあの人なんか、顔も見たくない」と思ってしまったことはありませんか? セラピーに通われる方には、このような極端な反応パターンをもつ傾向の方が割合多く見受けられます。「あの人には欠点もあるけれど、良いところもあるのだから、程よく付き合っていこう」という風に思えないのです。


■"All or Nothing"


 生まれたばかりの赤ちゃんは、母親から多過ぎず少な過ぎない適度な世話をしてもらうことで、感覚的にほどほどの、バランスの取れたものの見方、考え方を身に付けていきます。

 ところが、母親自身の心が傷ついていたり、精神的に余裕の持てない環境にあったりすると、赤ちゃんは適度な世話を与えてもらえないまま育ちます。すると、大人になっても、何かが足りないような感覚がずっと残ってしまいます。足りないから「良いもの」を強く求め、反対に「嫌なもの」を強く排除しようとする性向が生まれます。"All or Nothing" の両極端に振れてしまうものの見方、考え方が形成されるのです。

 日本でも20年以上前に、ある女流詩人のエッセイ本のタイトルでも有名になりましたが、精神分析のクライン派は、「乳児がこの世を認識し始めるときに、おっぱいを求めても与えられたり、与えられなかったりして、程良い世話をしてもらえないと、この世は『良いおっぱい』と『悪いおっぱい』との2つでできている、という分裂した妄想を持つようになる」と説明しています。こういう感覚をもつと、無意識のうちに、物事を白か黒かのどちらかとして捉えてしまい、中間ということがなくなってしまうのです。

 このような人達は、"All or Nothing"の価値観を自分自身についても感じているので、自分のダメな部分や嫌いな部分を排除してしまいたい、そして完璧な自分になりたい、と強く願っています。そして、理想に向かって頑張っているときはとても高揚した気分なのですが、理想どおりの自分ではない部分に気づくと、「自分はなんかダメなんだ」と非常に落ち込んでしまいます。

 やがて、「何やってるんだ、もっと頑張らなきゃダメじゃないか」と自分を強く責めて、さらに強く理想の方向にがむしゃらに進もうとします。こうして、「理想の自分」と「ダメな自分」の両極を、振り子のように揺れ動きます。頑張れば頑張るほど、振り子の揺れは大きくなるのですが、これをどれだけ続けても「ダメな部分を排除して、完璧な自分になる」というゴールには辿り着けません。そして疲れ果てて、何もやる気が起きなくなってしまいます。それでも、「理想に向かって進むべきだ」という気持ちと、「もう自分にはできない」という気持ちの両極で常に振れているので、心が休まることがありません。


■心を向けて寄り添うと、緩んでくる


 A子さん(30歳)は長い間、とても忙しい職場で働いてきました。朝一番に出社して、職場のテーブルの花も、神棚の水も、掃除も、完璧にこなしていました。しかしどんなに忙しくても、土日には予定を入れて、恋人との時間も大切にしました。仕事ができるだけでなく、彼に対しても可愛い女性でいないと完璧じゃない、と秘かに思っていました。彼や、彼の家族、職場の人にも誕生日のプレゼントは欠かしません。自分の欲しいものは全部手に入れてきた、自分は完璧で、誰にも文句は言わせないと思っていたそうです。

 しかしそのうちに、彼の気配りの足りなさ、金銭管理のだらしなさなどに耐えきれなくなり、悩んだあげく彼を捨て、郷里に帰ってきました。彼が、完璧な自分の足を引っ張っているとしか思えなくなったのです。

 地元で再就職して1年、また完璧さを取り戻さなくては、と頑張っていたところ、身体が思うように動かなくなりました。医師によると、「ウツ病」という診断でした。そのときA子さんは、「人生終わった」と思ったそうです。少しずつ、アルバイトが出来るほどに回復してきましたが、今でも月に1度くらいは布団から出られない日が数日続きます。

 A子さんには軽いトランス(催眠状態)の中で、恋人と付き合っていた頃の完璧な自分になってもらいました。

 「完璧な自分でいるとスッキリしている。弱い自分が、自分の足を引っ張るジャマ者にしか思えない」といいます。

 次に、今の自分から昔の完璧な自分を見てもらいます。

 「こんな人が同じ職場にいたらイヤだな、見ていて恥ずかしいです。視野がすごく狭いと思う。よく会議なんかでやたら熱くなっているオジサンを見て、クスッと笑いたくなってしまうような感じ」といいます。

 「ウツと診断された当時は、完璧にできないなら人生終わりだと思ったほど、『完璧さ』だけが心の支えだったけれど、完璧にできなくなって3年間苦しんでいるうちに、私は変わったんですね。今の私は、『元気を出したい自分』と『元気になれない自分』の2つの極の間で揺れているみたいです」。

 セラピーの中で、A子さんにはこのそれぞれの自分になって、双方の気持ちに素直に心を向けて、それぞれの言い分にただ耳を傾け、寄り添ってもらうワークを行いました。

 「落ち着く。解放されたような気持ち。仕事しなきゃ、メールしなきゃって気持ちが浮かんでくるけど、もういいんだ…。すごくほっとする」。しばらく時間をとって、ゆっくりとこの感覚を味わってもらいました。

 私たちが幼い頃に両親に一番望んでいたことは、問題を解決する答えやアドバイスではありません。自分の気持ちにお母さんの心を向けてほしかったのです。そのとき、悲しみが伝わったなら、ただ「悲しいね」って、その気持ちに寄り添っていてもらいたかったのです。すると、気持ちと気持ちの間に、通い合う流れがひとりでに起きてきます。そして、固まったままのところが緩んでいくのです。

 A子さんには、自分で自分の気持ちに心を向けて寄り添っていってもらいます。セラピストのしっかりとしたサポートのもとで、ずっと昔お母さんにしてもらいたかったことを、大人のA子さんが今、自分自身にしてあげるのです。

 私たちは、胸に抱かれて守られている感覚、大切なものとして世話をしてもらっている感覚、愛しい気持ちで見守られている感覚などを、母親との関係を通して受け取っていきます。こうして育てられていくうちに、自分以外の人のことを大切に思い、その人のために何かをしてあげようという性質も自然に育っていくのです。

 トランスから出てきたA子さんは、「いつもは、いくら眠っても良く眠れた気がしないのに、今はぐっすりと深く眠った後のような感じがします。今でも月に一度ぐらい、布団から出られないときがあるけれど、そんなときは『自分なんかダメだ』という気持ちでいっぱいになって、余計に疲れちゃうんです。無意識のうちに、元気にならなきゃって気持ちが働いて休めないんでしょうね。でも今のセラピーの中で、そんな風に冬眠しているような自分を、いろいろ判断せずにただ受け入れてみると、本当に深〜くリラックスすることができました。今まではただジャマな、足を引っ張るだけの存在としか思えなかった『元気になれない自分』が、私に何か大切なお手本を見せてくれたような気がします」と語ってくれました。


■ゴールは自分が思うよりもっと近くにある


 "All or Nothing"の傾向をもつ人が心の癒しに取り組むと、「完璧に」癒されて、すべてうまくいっている自分や、「完全に」ハートが開いてすべてを受け容れ、許し、手放せた自分をゴールとして思い描いてしまいがちです。そして、一時的にそのような気持ちにさせてくれるセラピーもたくさんあります。

 しかし、片方に大きく揺れた振り子は、しばらくすると必ず反対側に大きく揺れて戻ってきます。するとまだ足りないんだと思って、もっともっとセラピーを受けたくなります。「完璧に癒された自分」になろうとすればするほど、振り子は反対に大きく揺れるので、中にはセラピー依存症のようになる人もいます。

 真のゴールというのは、二つの極の中間のあたりにある、「ほどほどの自分」ではないでしょうか。完璧を目指す人にとっては何だか情けないゴールに思えるでしょうが、ここが自分の足でしっかり立ち、落ち着けるところなのです。

 A子さんは、『元気を出したい自分』の方に無理に引っ張るのではなく、『元気になれない自分』をなんとかしようとするのでもなく、それぞれの気持ちに心を向けてただ寄り添っていきました。すると自然に、今まで行ったことのない場所に辿り着いたのです。そこは、完璧を目指して頑張っている間は決して見えなかった大切なものが見えてくる場所でもあります。そこで静かに深く安らいでいくうちに、A子さんの「ウツ」も少しずつ変わっていくのでしょう。



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