日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション


2007年12月

「悪者に出会うことで癒される」


 意志の力が強い人は、勉強でも仕事でも、やるべきことをバリバリとやっていくことができます。不眠不休の努力をしてきたからこそ成功できた、という話にも事欠きません。「意志の力」、「努力」。これらは人生を切り開いていく上で役に立つ心の働きです。

 ところが中には、途中で頑張れなくなってしまう人もいます。精神状態が落ち込んでくると、次第に体力まで続かなくなってしまいます。そのような時、心の中では何が起きているのでしょう。


■「取り入れの過程」で、自我が排除した気持ち


 私たちは、周りに言われたこと、目にしたことなどを、自分の中に取り入れて育ってきます。特に6〜7歳までの頃は、すべて「そのまま」取り込みます。これは、自分に合う、合わない、そのものの善悪などを一切判断することなく、自動的に行われます。

 子供は生命力のおもむくままに行動し、夢中になって遊んでいるのが本来の姿です。やりたいことをやることで、心と体のバランスを取っているのです。

 そこへ親から、「やるべきことをきちんとやりなさい」と言われると、とてもつらい気持ちになります。しかし、「やるべきことをやらねば、社会に適応して生きていけない」という親の意向を取り込んで、段々と親の望むやり方を身につけていきます。すると、「やりたいことをやる」・「やるべきことをやる」という、相反する気持ちが、子供の心の中でせめぎ合う状態になります。最初は親との葛藤だったのが、今度は自分の心の中での葛藤になるのです。

 この状態はとても苦しいので、私たちの自我は、2つのうちどちらか一方を悪者扱いするようになります。「やりたいこと」をして遊んでいては叱られる。そこで、「やりたいことをやる」という気持ちを悪者にします。そして悪者にされた気持ちは、無意識へと追いやられて、適切でない時に不用意に出てこないように、自我の強いコントロールを受けるようになります。


■悪者にしてきたものに出会うことで癒される


 A子さんは仕事で評価されたくて、何年も頑張ってきました。周囲からはそれなりに評価されているものの、自分ではまだまだ満足できる状態ではありません。しかし、数ヵ月前から突然体がだるくなって、昼過ぎまで起き上がれなくなりました。身体的に異常はなく、結局クリニックでウツと診断されて、会社からも2ヵ月の休養を言い渡されました。上司は「旅行でもして、気分を変えてみたら?」と言ってくれるのですが、「こんなことでどうするの」という焦りばかりが空回りして、どこにも出かけられません。休養していても、全然心が休まらないのです。

 A子さんは長年「やるべきことをやる」気持ちだけを優先させてきたことで、心底疲れてしまったのです。心身の深いところでは、「やるべきこと」をやめて、休みたがっています。それが身体症状としてはっきり出てきているのです。しかし、彼女の自我は「やりたいことやる」気持ちを悪者にしているので、「仕事をきちんとこなさないと、ダメな人間になってしまう」と、会社に行けない自分を責めてしまうのです。

 人間は「やるべきこと」だけをやっていたら、生きることにウンザリしてきます。何のために生きているのか、虚しくなってしまいます。反対に、「やりたいこと」だけをやっていては、社会生活は送れません。どちらか片方だけでは続かないのです。

 今のA子さんは、自分のやりたいことが全然わからないといいますが、毎日昼過ぎまでだるくて起きあがれないのです。彼女が今本当にやりたいことは、「休むこと」なのではないでしょうか。つまり、「休みたい」という体の感覚から目を背けることなく、じっくりと体験してもらうことが、「やりたいように生きたい」という、今まで無意識の中に排除されてきた気持ちを体験する第一歩になるのです。


■ネガティブな気持ちは、誰かに抱いて受け止めて欲しい


 A子さんに催眠の中で休んでもらうと、心も体も楽な感じだと言います。ところがしばらくすると、不安な感じになってきたと言います。さらにその下にある気持ちを感じていくと、惨めな気持ちになってきました。生きたまま心臓をえぐられるみたいな、つらい惨めさだといいます。これはA子さんが子供の頃、弱い自分、惨めな自分として感じていた気持ちです。この気持ちを感じたくなくて、今まで走り続けてきたのです。

 このように、自分が悪者にしていた気持ちと出会うときには、せめぎ合いのときに感じていたネガティブな感情も一緒に出てきます。今までこの感情を感じたくなかったので、「やりたいことをやる」気持ちを悪者にしていました。

 このネガティブな感情は、誰かに優しく抱いてなぐさめてほしいとずっと思っていました。本当は、私たちが子供の頃、お母さんやお父さんに一番してもらいたかったことです。それが叶わなかったのなら、今、大人になった自分が抱きとめてあげることです。心の中の大仕事になりますが、こうすることで不思議と葛藤は落ち着いていくのです。


■違ったままでいいし、違いが役に立つ


 今までA子さんの中では、「やるべきことをしなければならない」という気持ちと、「やりたいことをやって生きていきたい」という欲求のそれぞれが、もう一方の気持ちがどんな気持ちなのかよく理解しないまま、互いを否定し、強い葛藤が続いていました。そこでセラピーの中で改めて、排除していた気持ちを深い部分まで体験することで、悪者にしていたものが、悪者ではなくなってきて、ただ違うものなんだ、違っていてもいいんだ、と思えるようになってきます。

 両者が合意してひとつになる、という訳ではありません。相反する気持ちが同時にありながら、互いに戦わず、むしろその違いが、さまざまな場面に適切に対応できる柔軟性として自分を助けてくれる、という状態になります。

 これは単に考え方が変わるとか、何かに意識的に気づくという形での変化ではありません。無意識の中で行われる変化なので、A子さん自身は、「何だかわからないけど、ちょっと楽になってきたな」という感覚で受け取っているようです。

 将来のA子さんは、やるべきことをきちんとこなしながら、以前の彼女にはムダに思えてやらなかったことを、なぜかやりたくなっているかも知れません。


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