日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
2008年4月
「H・E・A・R・T流 自分探しの方向」
先日、娘と一緒に積み木で塔を作って遊んだときのことです。大小様々な積み木を混ぜて作ったので、塔の一階の天井が少し凸凹になりました。その上にさらに積み木を乗せていくうちに水平のバランスがどんどんずれてしまい、途中何度か修正を試みたのですが、結局五階を作っている最中、塔は崩れ落ちてしまいました。途中で上の方をいくら直しても、下の方がずれたままだと、塔が大きくなったときの重みに耐えられなかったのです。
人間の心についても、同じことが言えます。一番下、つまり人生の始まりの歯車がずれているのに気づかないまま、上の方ばかり直そうとしても、うまくいきません。なぜなら、生まれてから物心つくまでの感情パターンが、その後の人生で繰り返されていくからです。
■心の構造
私たちが生まれてきたときからよちよち歩きを始める頃までは、目に映るもの全てが面白そうで、やりたいことがいっぱいで、ワクワクしています。自分の感じたまま、生き生きと行動します。しかしある時期を過ぎると、大好きな両親から「そんなことしちゃダメよ」、と色々なことを禁止されるようになります。子どもは、悲しみや、寂しさ、怒りなどを感じます。こういう感情を感じるのもまた、ありのままの自然な反応です。
ところが、「泣くんじゃありません」、「親に反抗するなんて許しませんよ」などと、自分の自然な感情の発露を受け止めてもらえないことが起こると、幼い子どもはその感情を自分でどうしたらよいのかわからなくなります。
自分の要求が通らず癇癪を起こしているようなとき、誰かが「悲しいねぇ」と一緒に寄り添っていてくれると、「自分が今感じているこのやり場のない気持ちは、本当は『悲しい』って感じているんだ」と、言語的にではないにせよ、どこかで気づくことができます。そうすると、何かストンと腑に落ちたような感覚になるのです。悲しい感情とどのように一緒にいたらよいのか、お手本を見せてもらえるのです。このように自分の感情の扱い方を身に付けていくと、大人になってから、感情的な辛さに直面しでも、自然と自分が本当に感じているより深い気持ちに寄り添っていくことができるのです。強い感情を感じていても振り回されずに、その感情を自分のものとして持っていることのできる能力が培われるのです。
ところが子供の頃にお手本を見せてもらえないと、感情を押し殺すか、抑えられなくなって感情に振り回されてしまうかのどちらかになります。特に、親自身が幼い頃に両親に自分の気持ちに寄り添ってもらえず、情緒的に見捨てられる体験をしていると、自分の子供が自然な感情を表現しようとしても、その感情をうまく受け止めることができません。なぜか無性にイライラして子どもの泣き声を抑えつけたくなったり、逆に非常に鈍感になってしまい、子供の気持ちに気づかなかったりします。
幼児は、怒りや悲しみを感じている自分を親に受け容れてもらえないと感じると、見捨てられてしまうという不安から、ネガティブな感情とその時の出来事を、自分から切り離します。辛い感情が押し寄せてこないような防波堤を造って、感じないように、思い出さないようにします。これは無意識のうちに行われる作業です。
ネガティブな感情がたくさんあればあるほど、その分、防波堤がどんどん厚くなって、いやな感情を閉じ込めていきます。悪いことに、いったん厚い防波堤ができてしまうと、本人が意識して感じようとしても、なかなか感じられなくなります。そしてその壁のこちら側に、親や周りの望みに適応した自分を作り上げていきます。それは言わば「人造の自分」ですが、親の下で生きていくのに役立ってくれる、必要な部分です。
■適応した自分の落とし穴
私たちはこのようにして、厚い防波堤を築くことによって感情に振り回されなくなったし、周囲の人たちにも適応してずいぶん平和に過ごせるようになりました。しかし、これには思わぬ落とし穴があるのです。
一つめの落とし穴は、小さい頃に抑圧した感情が、大人になってから「必ず」、人間関係の中で出てきてしまうことです。心理学では、「投影」といいます。例えば、小さい頃にお父さんに対しての怒りや怖れを抑圧していると、大人になってから、父親以外の男性に対して怒りや怖れが出てきてしまい、これがパターンのようになって、その後の人生で何度も起きるのです。
極端な場合、一見、当時の相手(この例では父親)とは似ても似つかない人物に対してさえ、父親と共通する何らかのエッセンスを敏感に感じ取ってしまい、その相手との関係の中で、些細なことで、怖れや不安、悲しみや怒りが出てきてしまうことが起こってきます。冷静に考えてみると、大したことが起こっているわけではないのに、感情を抑えることができません。たとえ普段は分別のある人でも、突発的に子どもの頃の感情に突き動かされて、大人気ない言動をしてしまいます。まるで自分のものではないように勝手に出てきた感情に飲み込まれてしまったり、ジュクジュクと、心にまとわりついて離れなかったりします。こういうときは、今、目の前にいる人物が原因だと思ってしまいます。いつもは理性的で、たとえどんなに教養のある人であっても、子どもの頃に切り離してしまった感情を、自分でコントロールすることはできないのです。
二つめの落とし穴は、防波堤の向こうのさまざまな感情が出てこないように抑えるには、絶えず大きな心的エネルギーを使っていなくてはいけないということです。無意識なので気づきませんが、何もしていなくても、感情を抑えているだけで疲れて切ってしまうのです。
また、防波堤が厚い分だけ本来の自分はこちらに出てくることもできず、適応している人造の自分だけで生きていくことになります。例えば、幼い頃親に評価してほしかった人は、大人になっても、親以外の他人の評価がとても気になります。「自分の思う通りに生きることが面白い」とは感じられず、他人からの評価や、人にどう思われるかが気になってしまうのは、いい子でいないと生きられなかった時代があったからなのです。しかも、怖れが動機になっているので、この生き方を自分では止めることができません。楽しくなくても、体が疲れを訴えていても、止められないのです。これは、病気になるかウツになるまで続きます。
三つめの落とし穴は、「虚しさ」です。
適応している自分は、防波堤のこちら側にいます。その壁の向こうにネガティブな感情があって、それよりもっともっと向こうに本来の自分がいます。本来の自分は、「こんなふうに生きていきたい」「これ、面白そう」「仲良くしたい」という自然な気持ちを感じている部分です。でも、壁のこちら側では、いつも適応している自分だけが生きていて、本来の自分が閉じ込められているままのため、まるで偽の自分が生きているような感じがするのです。
アルコール中毒、買い物依存、過食、恋愛中毒、仕事中毒などのあらゆる依存症は、虚しさからきています。外側にある魅力的なものに依存するのは、死にたくなるほどの虚しさに落ち込んでウツにならないための、その人なりの工夫でもあるのです。
また、同じ虚しさから、人間関係における適切な距離をうまく取ることが出来ず、ほとばしる感情をむき出しにして見当違いな相手にしがみついてしまったりもします。しかし、自分が借り物で生きているように感じている人は、他人の真心も借り物のようにしか感じられません。心と心が触れ合うような暖かい人間関係を求めているのに、誰と一緒にいても、いつも心にスースーと隙間風が吹いているような感じがしてしまうのです。
■見当違いの方向で自分探しをしている
ずいぶん前から、「自分探し」という言葉をよく耳にします。なぜ、「自分探し」をしたくなるのでしょうか? それは心のどこかで、何かがうまくいっていない、虚しいと感じているからでしょう。
そして、まだ気づいていない才能、より自分に向いている分野・生き方、より良い自分、より高い意識の気高い自分、等々を探そうとします。しかし大抵の場合、自分を探しているのは防波堤のこちら側の「適応した自分」なので、結局親や周りに適応した価値観の方向でしか自分を探すことができません。
ここで、さきほどの心の構造の話を思い出してみてください。虚しいのは、本来の自分が防波堤の向こうにいるからでしたね。いやな感情を感じたくないので、ほとんどの人は壁の向こう側にいる本来の自分を探しません。みんな、見当違いの方向で自分探しをしているのです。私と娘の積み木遊びのように、一番下の積み木がずれているのに、上の方ばかりをちょこちょこ直して、何とか収まりのつく生き方を探している人が多いように見受けられます。
しかし、ここで一番下の積み木、すなわち小さい頃の、最も辛かった感情を感じて、それと向き合っていくうちに、その奥にある暖かい感情が溢れ出てきます。そして辛い感情は溶けて癒されていきます。人生がとても楽になるのです。ここで言う「感情を感じる」とは、過去の出来事を思い出しながら、感情を感じていくということです。「自分はこういう体験をしていたんだ」と、忘れてしまっていた元々の出来事と感情を繋げていくのです。普段は遠い過去の出来事として記憶の底に埋もれているものを掘り起こすのは、なかなか根気がいる作業ですが、H・E・A・R・Tでは投影の感情を逆に利用する手法を用いるので、とても楽に行うことができます。
そのようにして、怖くて嫌だと思っている出来事と感情を感じてしまえば、もう逃げ回る必要がなくなります。防波堤がなくなるので、本来の自分が、適応している自分と協力しながら、新しい生き方をひとりでに見つけていくようになります。すると虚しさが溶けていき、生き生きとした感じが戻ってきます。人生がとても楽になるのです。
防波堤を作って本来の自分を閉じこめたままだと、映画を見ても音楽を聴いても、壁の向こうの出来事のようにしか感じません。あなたが幼い頃の感情を取り戻すに連れて、理由のない深い喜びや、「生きていてよかった」という感情を感じることができるようになるのです。
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