日本人初の全米催眠療法協会認定ヒプノセラピー講師 中島勇一によるグループセッション
※冊子セラピー「vol.78」掲載のエッセイをより詳しく解説しています。どうぞ、お楽しみください。
2008年6月
「依存とは、繋がって一つになることを求める気持ち」
あなたの身近で、何かに依存している人はいませんか。生理的な欠乏ではなく、あるいは必要な行動でもないのに何かがどうしてもやめられない状態を指します。
コーヒーや甘いもの、アルコール、タバコ、薬物などの、食品や嗜好品への依存症や過食症。買い物依存、ゲーム依存、恋愛依存、ギャンブル依存、ワーカホリック(仕事中毒)などの、特定の行動をやめられない依存症。
その他にも、恋人と依存的な付き合い方になってしまう、互いに依存し合ってダメになる共依存など、人間関係での依存もあります。
■健やかな自立と、傷を切り離した自立
子供の頃は、誰もが親に依存して育っていきますが、特に乳児は言葉が話せないので、自分の要望を親にうまく伝えられません。だから親が乳児の気持ちを察して、望みを満たしてあげることになります。そうすることで、乳児は安心して親に自分を委ねることができます。自分が生まれてきた世界を信頼して育っていきます。心地良い依存状態です。
やがて幼児になると親に甘えたり、駄々をこねたりするようになります。これは子供にとっては自然な発達段階なので、しっかりと甘えさせてあげて(駄々をこねさせてあげて)、「幸せな子供時代」を体験させることが大切です。甘やかすとわがままな人間になると思っている大人がまだまだ多いのですが、幼児期にたっぷりと甘えさせてあげることで「自分は受け容れられている」「自分はこれで良いんだ」という感覚が育っていきます。「自己肯定感」です。これが土台にあることで、却って早く自立が進むようになります。人を信頼できるので、人と一緒に生きていける「健やかな自立」が育ちます。
一方、前回のエッセイで書いたように、幼児は、怒りや悲しみを感じている自分を親に受け容れてもらえないと感じると、見捨てられてしまうという不安から、ネガティブな感情とその時の出来事を、自分から切り離します。そして、親や周りの望みに適応した自分を作り上げていきます。このような、感情を切り離した自立では、内側から突き上げてくるような感情や感性が麻痺していきます。
この内側から突き上げてくるものは、自分のものでありながら、自我にとっては、思い通りにならない、やっかいなものです。まさに、思い通りにならないから感じなくていいようにしたのです。感情を感じないでいると、感情に振り回されているときよりは、自我の考える通りに行動することができます。しかしこれは、傷ついている痛みを切り離した自立なのです。
また、心が傷ついたとき、痛みを切り離して自立する人ばかりではありません。
見捨てられる怖れが強くなると、逆に相手にしがみついてしまう場合もあります。このような人々は、恋愛依存や共依存など、人との関係そのものに依存する傾向があります。
■自我のコントロールから逃れたい
傷を切り離して自立した人は、依存状態のときに、すごく心が傷ついた人です。そういう人は、「また傷つかないように、するべきことをしっかりやらねばならない」と思っているのです。そのため、親や周りが自分をコントロールしていた状態から、今度は自我が自分をコントロールする状態になったのです。「自立」には、「自律」という意味もあるのです。
しかし、傷ついた怖れが動機になっているので、自分を律するコントロールが過剰に働いてしまいます。そうすると、「するべきこと」をやめられないので、次第に苦しくなっていきます。(やめられないということは「するべきこと依存」ともいえます)。すると無意識のうちに、「こうするべきだ」「こうした方がいい」ということから目を背けたくなります。
だからと言って、小さい頃に戻れるわけでもなく、また最初に心が傷ついたときの依存のところには戻りたくないため、過食やアルコールといった自我の価値観から離れた、無意味だけど心地良いことにハマッていきます。快に依存して、忘我の状態になることで、自我のコントロールから逃れようとするのです。
依存症の人がよく使う「ハマル」という表現は、自我の力ではどうしようもできない大きなものに惹き付けられて、自分の意思ではコントロール不能になるということです。過食症などの解釈の一つに、我が子をコントロールするタイプの母親がいる場合、母親のコントロールから逃れるために、自分でもコントロール不能な過食症を作り出すことによって、母親のコントロールの及ばない領域を作ろうとしている、という説もあります。
もちろん、自我のコントロールから逃れようとしたところで、新しい自分が生まれたり、新しい道を見つけられるわけではありません。結局、元の自分の生き方に戻るしかないのです。どんな依存症も、いわば束の間のバカンスのようなものです。
管理社会になればなるほど、依存症は増えていくでしょう。依存している間は、管理から離れることができるからです。依存症は、今の息苦しさから逃れるための一種の工夫とも言えます。
また依存症ではありませんが、「引きこもり」も、親も含めた社会の、「こうするべきだ」というプレッシャーに対して、「その手には乗りたくない」という無意識の防衛という面もあります。
■命は大自然に依存し、繋がって生きている
私は長年心理療法をおこなっているうちに、心の傷が楽になっていくときの一つの指標として、クライアントの胸の奥から温かい気持ちが湧き上がってくるような体験や、ぬくもりを感じられるような体験があることに気づきました。
鳥類や哺乳類などの子育てをする生き物は、卵は親鳥に温められて育ち、赤ちゃんは温かい胸に抱かれておっぱいをもらって育ちます。親に依存して育つときに、親と自分が繋がっている安心感を、「温かさ」として感じます。温かい気持ちとは、繋がっているときの感覚なのです。だから、傷ついてバラバラになっていた心が繋がっていくときにも、温かい感覚として感じるのでしょう。繋がっていくということは、安心して身を委ねて一つになっていくような、何か依存と通じるものがあるようです。
また、鳥類や哺乳類以外の子育てをしない生き物の場合は、卵で産み落とされて自分で生きていきますが、これは自立というより自然界に育てられているようなものです。大自然に依存し繋がって、一緒に生きている感じです。本来すべての命は、自分を依存させてくれている大きなものに繋がって生きているのです。しかし、人間だけが自我を持つようになり、自分のやりたいようにやるうちに、自然からも本能からも自立して、大きなものとの繋がりから離れてしまったのです。
愛情に包まれた依存の時期を過ごして、健やかに自立してきた人は、人を信頼し、繋がりを感じながら自立しています。これは、相手を理解し、パートナーシップが成り立っている状態です。自分ひとりでもできるけれど、自分のやり方を押しつけるのではなく、人に任せ、お互いに協力することもできるような関係です。
しかし、小さい頃に、依存の温かい感覚を感じられないと、「人間は信頼できない」という感覚を、根深いところに持ったまま、その傷を覆い隠すような、不健全な自立になります。人間を信頼できない自立は、「孤立」です。いつも、虚しいような、満たされていない感じがして、つい何かと繋がっているような感覚がする依存状態に戻りたくなるのです。しかし、他人とは繋がれません。誰かを心の底から信じて委ねることがもうできないからです。そこで、人間以外のものにハマることで少しでも孤立して生きるつらさを紛らわせようとするのが依存症なのです。恋愛依存も、一見相手に依存しているように見えますが、実際は「ロマンスごっこ」に依存しているだけで、相手を一人の人間として認め、信頼して依存しているわけではないのです。
■依存症の臨床
これまで私がさまざまな依存症のクライアントに接してわかってきたことがあります。神経症レベルの軽い依存症ならば、催眠やNLPなどの心理テクニックでも良くなっていきますが、幼少期に、信頼できる養育者に安心して依存できる体験がなかったクライアントは、心理テクニックだけでは変わりません。一時的に良くなったように見えても、すぐに元に戻ってしまいます。あるいは、その依存はなくなっても他の依存が始まってしまいます。
心理テクニックは役に立つものですが、潜在意識に働きかけて、自我が望んでいる状態にすることを目的に使われることが多いので、自分をコントロールためのテクニックになってしまいがちです。依存症の人たちは、自我のコントロールから逃れたくて依存症になっているのに、元に戻ってしまうのです。逆に、自我ではなくて無意識にある気持ちと統合していく方向にテクニックを使うこともできますが、それができるほどこのタイプのクライアントの自我は成熟していないので、却って辛い状況に陥ってしまう危険があります。
そして何よりも気をつけなくてはならないのは、心理テクニックを前面に出したセラピーをすると、セラピストがテクニックの向こうに霞んでしまい、クライアントが孤立してしまうことです。このタイプのクライアントは人と繋がることを毛嫌いしているように見えるので、安易にそのようなセラピーになりがちですが、心の深いところでは誰よりも繋がりを求めているのです。表面上は自立しているように見えても、依存症の人は、愛情を持って育ててほしいのです。幼少期、何かがうまくいかなくて親との繋がりが切れてしまったとき以来ずっと、心の一部が育っていないままだからです。
子供が母親から自立するとき、ぬいぐるみや毛布などを肌身離さず持っていることがありますね。その子は一時的にぬいぐるみと繋がっているのです。これは「移行対象」といって、依存から自立への過渡期を運んでいってくれる箱船のような役割をしてくれています。
心の傷を隠した自立(孤立)の人が、健やかな自立へと移行していく過渡期には、セラピストとの関係が「移行対象」になります。そして、親から得られなかったものを、新たな人間関係の中で体験していくうちに、人間に対する信頼感が生まれ、今自分が生きている世界との繋がりを取り戻すことができるようになるのです。
私たちの人生の中で大切なものはいつも、繋がりからもたらされるのです。
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