「H・E・A・R・T」のワークは、参加者の方に“くじ”を引いてもらうところから始まります。
この“くじ”には、あらかじめ参加者全員の名前が書かれていて、1回目は初参加者の中の誰かが、2回目からは直前のくじに選ばれた方が、目を瞑って引くことになっています。
そして、どういうわけか、その場に集まっている全員の無意識に共通したあるテーマに基づいて、ワークする人を引き付けるパワーがあるようなのです。
いつの間にか、このくじは、「宇宙のくじ」と呼ばれるようになりました。
そんな「宇宙のくじ」から始まった、あるひとつのワーク。
ファシリテーター(セラピスト)は、どんな視点でワークを進めていたのでしょうか?
選ばれた参加者は、何を、どのように感じていたのでしょうか?
ファシリテーターの視点をエッセイの抜粋から、参加者の体験を直筆の感想文から、それぞれ感じ取ってみてくださいね。
☆ファシリテーター(セラピスト)の視点【エッセイからの抜粋】
先日おこなったグループワークで、シェアリング(自分の抱えている問題を話すこと)のクジを引い たら、A子さんという名前が書いてありました。
初めての方の名前だったので、誰だろうと思って名前を呼ぶと、列の中央のあたりからよく聞き取れ ない返事があります。どの人かなぁと思ってもう一度呼んでみると、かすかな声が聞こえます。
「このあたりから聞こえたんだけどなぁ」
と言ってみると、突然、若い女性が泣き出しました。
「どうしたの」
と聞いても、右手で押さえた口からくぐもった激しい泣き声が聞こえるだけです。
どうやら、自分は返事をしていたのに相手に上手く伝わらなかったことで、抑えていた問題が強く 浮き上がってきて、直面することになってしまったようです。
「泣きたいだけ泣いてあげてください。泣くことで何かを伝えようとしている部分があなたの心の奥に あるみたいですね」
と私が言うと、彼女はより激しく泣き始めました。
「どんな気持ちを感じているの」
と問うと、何かを話そうとするのですが、右手がより強く口を塞いでしまい声になりません。 時折、左手で右手を剥がそうとしますが剥がれません。
「話したいのに、上手く話せないのですね」
と聞くと、右手で口を押さえたまま頷きます。
「あなたの中に、“話したい自分”と、“話させない自分”がいるみたいですね」
と言うと、頷きながら泣いています。
いったい何が起きているのだろうと固唾を飲んで見守っている他の参加者たちに向かって、 私は話し始めました。
「今の私はタバコを吸わなくなったのですが、昔は一日に三箱のタバコを吸っていました。 三箱も吸っていると喉が痛くなるのですが、止められません。
“やめたい自分”が必死でやめようとするのですが、どうしても“吸いたい自分”が吸ってしまうのです。
そしてタバコを吸うたびに“吸いたい自分”を責めていました。
あるとき、催眠の中で“吸いたい自分”に話しかけてみたのです。
『何のためにタバコを吸うの?』と聞くと、『君がストレスでイライラしないように、吸っているんだよ』 と答えてきたのです。
びっくりしました。タバコを吸うことが、自分を守るためだったとは思ってもみなかったからです。
でもその後で“吸いたい自分”に、『守ろうとしてくれてありがとう』という気持ちを伝えることができたんです」
次にA子さんに向かって話しかけます。
「このグループの中の人で、あなたの心の中にいる“話したい自分”に、なんか雰囲気が似ているなぁと 思える人はいませんか」
と訊くと、隣に座っている女性を左手で指さします。
私はその女性に、A子さんの心の中にいる“話したい自分”になったふりをしてください、と頼みました。
「じゃあ、“話させない自分”はどの人?」
と訊くと、少し離れたところに座っている女性を選びました。
その女性には、A子さんの中の“話させない自分”になったふりをしてください、と頼みました。
選ばれた二人の女性に前に出てきてもらって、“話したい自分”の役の人にはしゃがんでもらい、 “話させない自分”の役の人には、その上から覆い被さるようにしてもらいました。
「あなたの心のなかでは、こんな感じになっているのかなぁ」
と訊くと、A子さんは二人をじぃっと見つめて、静かに涙を流し始めました。
しばらくそのままで、心の中から浮かび上がってくる感覚を感じてもらっていると、 実際にしゃがんでいた“話したい自分”の人も泣き始めました。私がその人の背中にそっと触れながら、
「A子さん、この人になってみて。この人はどんな気持ちだろうね」
と言うと、彼女は“話したい自分”を見つめて、微かに首を縦に振りながら泣いています。
「今、ある気持ちを感じているよね。でも“話したい自分”の上に“話させない自分”が覆い被さって いるから話せないんだよね。ちょうど右手が口を押さえているように」
と私が言うと、彼女は泣きながら頷いています。
私は、覆い被さっている“話させない自分”の人の肩に手を触れながら、
「ちょっとの間だけ、この人に離れていてもらおうか。そうしたら話せるようになるよね」
と言って、“話させない自分”の人を、“話したい自分”から三歩ほど離れてもらいました。
「どんな気持ち」
と訊くと、A子さんの右手は口から1センチほど離れて、
「自分の本当の気持ちを言いたいけど、言ったら、相手に嫌われてしまう気がするんです。だから、 いつも相手に合わせてしまうんです」
と、ぽつりぽつりと話し出しました。
次に私は“話させない自分”の人の肩に手を触れながら、
「今度はこの人になってみて。この人はどんな気持ちだろうね」
と訊くと、A子さんは
「また傷ついてしまうから話さないで」
と激しく泣き始めました。
どうやら“話させない自分”は、A子さんが傷つかないように守ろうとしているようです。
A子さんに、
「“話させない自分”に何か伝えたいことはありますか」
と聞くと、
「撫でてあげたい」
と言います。 そこで前にいる“話したい自分”の人に“話させない自分”の人へ近づいていってもらい、 頭を撫でてもらいます。
それを見ているA子さんは、自分の右手を左手で撫でながら泣いています。
先ほどの涙とは違い、何かが融けていくような、温かい雰囲気が広がっていくような涙です。
前にいる“話したい自分”の人も、“話させない自分”の人を優しく抱きしめて頭を撫でながら 泣いています。抱かれている側も目を閉じて静かに涙を流しています。
会場で見ている人たちも、それぞれに深い部分で何かを感じて、涙を流し始めています。
このように、セミナー形式で行うグループワークでは、ある人の問題をみんなの前でセラピーします。
多くの場合、この例のように、グループのなかの人たちに、問題をシェアした人の心の内面を表す 役としてセラピーに参加してもらいます。
初めて見る人には、まるで子供の「ごっこ遊び」のように感じられるかも知れませんが、 こういったワークを通して、その問題を抱えている人だけでなく、そこにいる人みんなの心に癒しが 起こってきます。それは、一対一で行うセラピーよりもはるかに大きな癒しのパワーを生み出します。
人が長年抱えている問題には、それなりの存在理由が奥にあります。
A子さんの例で言うと、「自分を守るため」ということでした。
「話したいのに、うまく話せない」という問題は、同時に、弱い自分を守ってくれるものはこれしかない と思って、A子さんが必死でしがみついている楯のようなものでもあったのです。
それを手放すには相当の決断が必要です。ひとりの力ではなかなか難しく、かなり時間のかかるケースも 多いのです。
よく、「心理的な問題を解決するには、それを抱えてきたのと同じだけの年数を要する場合がある」などと 言われる理由もここにあります。
しかし、グループワークでは、その人ひとりの力のみならず、その会場にいるすべての人のパワーが、 その人を優しく、力強く後押ししてくれます。
その人が取り組んでいるワークを暖かく見守ってくれていること、その人の苦しみに対する共感が、 今までひとりで悩んでいた孤独な心に、大きな勇気を与えてくれます。
そして、その人の問題が解決されていくと、他の参加者たちの内面にあった同じような問題が、 無意識のうちに、あるいは気づきと共に解決されていくのです。
しばらくすると、A子さんの右手はゆっくりと膝の上に降りていきました。
彼女は深いため息をついて顔をあげました。
「ほっとしました。なんだか穏やかな気持ちです」。
☆くじに選ばれた参加者側(A子さん)の体験【感想文】

